基礎生物学研究所(NIBB)は9月16日、植物の細胞を取り囲む細胞壁中には、動物には存在しない特殊な糖鎖構造を持つ糖タンパク質に、「アラビノース」という糖を鎖状に連ねて付加させている未知の酵素を、モデル植物「シロイヌナズナ」の細胞から精製・同定することに成功したと発表した。
成果は、NIBB細胞間シグナル研究部門の松林嘉克教授、同・大西真理研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、9月15日付けで英科学誌「Nature Chemical Biology」に掲載された。
1967年、それまでセルロース繊維からのみ構成されていると考えられていた細胞壁中に、特殊な糖鎖構造を持つ糖タンパク質が多数含まれていることが発見された。それ以降、これらの糖タンパク質には、細胞壁形成時の足場や補強剤としての役割を果たすものや、細胞間で情報を伝えるホルモンとして機能するものなど、植物の成長に極めて重要な分子群が含まれることが次々と明らかになったのである。
これらの糖タンパク質にはアラビノースという糖が、アミノ酸「ヒドロキシプロリン」に鎖状に連なって付加している形だ(画像1)。アラビノースが付加すると、その独自の構造のためにタンパク質の自由な折れ曲がりが制限され、タンパク質がある一定の形を保ったまま本来の機能を発揮できるようになることが知られている。
1980年代に入って、アラビノースをタンパク質に付加させるのに必要な酵素「HPAT(Hydroxyproline O-arabinosyltransferase)」を見つけ出す研究が行われたが、取り出すのが困難な膜タンパク質であるためにその精製は難しく、現在に至るまで誰も成功していなかった。
研究チームは今回、アラビノース糖鎖が付加されることがあらかじめわかっているタンパク質断片を固定化したカラムを用いる「アフィニティークロマトグラフィー法」によって、シロイヌナズナの細胞に微量含まれるHPATを、精製・同定することに成功した。この酵素は、細胞内で作られたタンパク質を細胞外へ分泌する際の通り道になる細胞小器官「ゴルジ体」の膜に存在していることも判明したのである。
また、シロイヌナズナにはこの酵素をコードする遺伝子が3個あったが、遺伝子操作によりこれらの働きを抑えた植物体「hpat変異株」では、アラビノース糖鎖が付加したタンパク質の量が顕著に減少すると共に、細胞壁が薄くやわらかくなったり、花が早く咲いたり、受精が妨げられて種子ができなくなったりするなど、成長にさまざまな異常が生じることがわかった(画像2)。
なお、今回の成果は、植物の成長におけるアラビノース付加糖タンパク質群の重要性を直接的に示した初めての例となる。アラビノース付加ができないhpat変異株の示す特徴的な形態は、100種類を超えると推定されるさまざまなアラビノース付加糖タンパク質群が、どこでどのような機能を担っているかを知る上で重要な手がかりになるという。
また今回の研究によって、マメ科植物で過剰に根粒を形成する変異株の原因遺伝子として見つけられていながら、生化学的な機能が不明だった重要な遺伝子「NOD3/RDN1」が、アラビノース付加酵素そのものをコードしていることも示された。このことは、NIBBが8月12日に発表した、根粒形成の抑制シグナルがアラビノース付加された糖ペプチドであったという研究成果を裏付けるものでもあるという。
今後、アラビノース付加酵素の働きをうまく調節することで、やわらかい食感の野菜や果物を作り出すといった応用も可能だとする。またヒトの抗体など、付加価値の高いタンパク質を植物細胞で生産する「モレキュラーファーミング」という試みが進んでいるが、今回の発見により、この際に問題となっていた植物特有の糖鎖付加によるタンパク質機能の低下を抑えることが可能になるとしている。