京都大学は9月17日、免疫のブレーキとして働く分子「PD-1」を欠損したマウスを用いて、同分子が自己免疫疾患を抑制する新たな機構を明らかにしたと発表した。

成果は、京大医学研究科の本庶佑 客員教授、同・竹馬俊介 助教、同・RUI YUXIANG大学院生らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東海岸時間9月16日付けで米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」電子版に掲載された。

ヒトの体に備わった免疫系は病原体から体を守るために必須のシステムだが、システムがエラーを起こすと、自分の体をも攻撃してしまう深刻な自己免疫疾患を起こす。これら免疫疾患は、個人の遺伝的要因および衛生状態など環境要因の両方によって引き起こされることがわかってきた。

PD-1は、活性化リンパ球に発現するレセプター(受容体)で、生体防御と自己免疫疾患の両方に大きく関連する免疫細胞であるTリンパ球の、過剰な活性化を抑制することが知られている(画像1)。マウスやヒトのPD-1不全は「多発性硬化症」、「全身性エリテマトーデス」、I型糖尿病、リウマチといった難治性自己免疫疾患の遺伝的危険因子だ。

画像1。PD-1は免疫の主要なブレーキとして 働くレセプターである

研究チームの竹馬助教は2009年に、PD-1欠損マウスではTリンパ球から過剰のサイトカイン(細胞間でやり取りされる多様な生理活性を持つタンパク質の1種)が産生され、自己免疫発症の第1ステップが突破されることを見出していた。しかし、リウマチや多発性硬化症といった難病の発症には、T細胞のさらなる悪玉細胞への分化が関わっており、これには微生物などの環境因子に対して初期の炎症反応を起こす細胞群「自然免疫細胞」が産生するサイトカインが必要だ(画像2)。ただし、PD-1が自己免疫を抑制する1つの原因として自然免疫反応の調節を行う可能性については検討されていなかった。

画像2。Tリンパ球系自己免疫疾患の発症モデルと PD-1の関与

ヒト多発性硬化症のマウスモデルとして知られる「実験的脳脊髄炎(EAE)」は、PD-1欠損マウスが症状の悪化を呈することが知られている。EAEは、マウスに自己の脳抗原を模したT細胞性抗原と、自然免疫系を活性化する免疫賦活剤を同時投与することによって誘導される仕組みだ。

PD-1欠損マウスでは、野生型コントロール(wild-type:WT)に比べ、早期の発症と重症化が観察されるが、この傾向は免疫賦活剤に含まれる結核死菌を少なくしていった場合に最も顕著なことが判明したのである。また、追跡調査によって、PD-1欠損マウスのT細胞がEAEの悪玉細胞である、サイトカインの1種である「インターロイキン(IL)-17」を産生するヘルパーT細胞の1種「Th17」に強く分化していることもわかった。

研究チームは、Th17の分化にはT細胞の強い活性化と自然免疫系が起こす炎症の両方が必要であることから、PD-1欠損マウスではどちらもの反応が亢進しているのではないかと考察。しかし、2つの反応は体内で同時に起こるため、これらを別々に評価することは困難なのが問題だった。

そこで、Tリンパ球を遺伝的に作ることができない「RAG2欠損マウス」にPD-1欠損マウスを交配させ、Tリンパ球ができない環境で結核死菌のみを投与し、ピュアな自然免疫反応への誘導が行われた(第1段階)。ここから得られた自然免疫細胞が、抗原特異的にTリンパ球を刺激する実験(第2段階)に用いられると、刺激されたTリンパ球をTh17に強く誘導することがわかったのである。第1段階にはリンパ球の関与がないため、すなわちPD-1欠損がリンパ球に関係なく、自然免疫反応を亢進する動かぬ証拠が得えられたというわけだ。

しかも亢進した自然免疫反応は、Tリンパ球に間接的に作用して、自己免疫における悪玉Tリンパ球の分化を起こす。これを生体レベルで確認するため、PD-1をリンパ球以外の細胞でのみ欠損するマウスが作製され、EAEへの誘導が行われた。このようなマウスでは、PD-1を持つコントロールマウスと比較して、病勢の悪化とTh17の増加が認められ、仮説の正しさがわかったのである(画像3)。

画像3。カギとなる発見。PD-1は、リンパ球以外の細胞も抑制する

自然免疫細胞には、「樹状細胞」、「マクロファージ」といった多くの細胞が含まれ、いずれかの自然免疫細胞が産生するサイトカイン「IL-6」がT細胞に作用することがTh17を分化させる。PD-1欠損マウス由来のマクロファージを直接結核死菌で刺激すると、コントロールに比較して有意に多くのIL-6産生を起こすことも確認された。さらに、このIL-6を中和抗体で阻害すると、PD-1欠損マウスに見られた強いTh17誘導が阻害されることも判明している。

以上により、PD-1は、免疫賦活剤に含まれる結核死菌を認識したマクロファージの活性化とIL-6産生を抑制することによって、Th-17の分化と、EAEの病勢を抑制すると考えられるに至ったというわけである。

これまでPD-1による抑制はT細胞に対して直接発揮されると考えられていたが、T細胞を作れないマウスを用いた実験系によって、T細胞の分化を間接的に支配する自然免疫系をも抑制することが、今回の研究によって判明した形だ(画像4)。

画像4。新たに明らかになった点

PD-1は、自己組織に対する反応だけでなく、免疫を撹乱するカビやウイルス、細菌感染などの環境因子に対する反応もよい具合に調節することで、健康を守っていることがわかるという。今後、この分子機構を明らかにしていくことが、自己免疫疾患のメカニズムをより深く理解するために重要だとしている。