「ビッグデータ」という言葉がもてはやされる現在において、「データ分析者」、「データサイエンティスト」と呼ばれる職種の人々は、どういった考え方を持ち、どういった行動をとるべきなのか――。
米国ローレンスバークレー国立研究所を経て15年以上にわたりビジネスの現場で分析を続けてきた国内第一人者の大阪ガス 河本薫氏が、自らの経験に基づき上記について解説した書籍が『会社を変える分析の力』である。
分析手法ではなく、あくまで「ビジネスに活かす"分析力"」について解説した本書。架空の話を挙げてビジネスのシーンを特定したうえで読者に問いを投げかけるなど、抽象論に終始せず、現場で使える考え方を極力具体的に解説している。
思うような結果を残せていないデータサイエンティストが自身の行動を見直すうえで、また、自らデータと向き合うビジネスパーソンがその分析指針を探るうえで、大きなヒントを与えてくれる一冊である。
『会社を変える分析の力』
- 著者 : 河本薫
- 発行 : 講談社(講談社現代新書)
- 価格 : 760円(税別)
- ISBN : 978-4-06-288218-7
分析にネガティブな見出し、その真意は?
『会社を変える分析の力』の前半には、以下のような見出しが並ぶ。
- 分析モデルでは現実を再現できない
- 分析力だけを高めても……
- 数学力がなくても分析はできる
これだけを見ると、奇をてらったビジネス書という印象をお持ちになる方もいるかもしれない。15年以上も一貫してデータ分析に携わってきた河本氏が、分析モデルや分析力、数学力を否定するのは不自然に映るだろう。
しかし実際は、「15年以上も分析に携わり、さまざまな分析者を見てきたからこそ出せる言葉」なのである。本書の中で河本氏は、「自身も昔はそうであった」と前置きしたうえで、理系出身分析者に多いデータ分析至上主義の考え方を「勘違い」と否定し、ビジネスの成功につながらなければどんなに優れた分析モデルも「数字遊び」と断じている。
河本氏は、データ分析者の仕事を大きく「(課題を)見つける」、「(データを)解く」、「(分析結果を)使わせる」の3つに定義している。ビジネス課題を見つけることからスタートし、ビジネスの意思決定に役立つ情報を提供することがゴールと明確に位置付け、「解く」プロセスだけに神経を注ぐのではなく、むしろ「見つける」、「使わせる」プロセスを重視する。解くだけの分析者では、だれにも使われない分析結果を出すだけで終わると警鐘を鳴らしている。
では、見つける、解く、使わせるの各ステップにおいて、分析者は何を意識しなければならないのか。本書の中では、その詳細を具体的なエピソードとともに解説しているので、ご覧になってほしい。
データ分析者から見たビッグデータの本質とは?
本書の特長の1つは、考え方や行動の指針を、その理由も含めて丁寧に解説している点にある。さまざまなトピックスが集められているが、以下では、個人的に印象深かったものをいくつか挙げておこう。
まずは、「データ分析に関する勘違い」と題した第1章で紹介されている「ビッグデータ」の解説である。
ビッグデータは、非常にあいまいな言葉であり、その定義は人によってさまざまだ。ITの世界では、Volume(量)、Variety(種類)、Velocity(頻度)といった特性にフォーカスすることが多いが、これがビジネスにおいてどういった影響をもたらすのかとなると、口を濁すケースが珍しくない。
それに対して、本書の中では、『Big Data: A Revolution That Will Transform How We Live, Work, and Think』(邦題 : ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える)を引用するかたちで、ビッグデータの影響を「部分計測から全体計測へ」「因果関係の探究から相関関係の探究へ」と紹介している。
要約するとこうである。データ分析は、ITの進化により、従来のような一部のデータのサンプリング(部分計測)から、関連する全データの集計(全体計測)へと計測方法が変わった。
部分計測では、一部のデータから普遍的な法則(因果関係)を見つけ、それを当てはめるというかたちで現象を推測する。対して、全体計測ではデータはすべてそろっているので、単に類似するデータ(相関関係)を探して当てはめるだけでよい。
全体計測の例としては、Amazon.comのレコメンデーション機能などが該当する。オススメ商品を表示する際、因果関係などはまったく気にすることなく、同じような商品を購入する顧客のデータを探し出してそのまま提示している。
ビッグデータの世界においては豊富なコンピューティングリソースを使って相関関係のみを探究する、というのは非常にシンプルで腑に落ちる答えである。
ただし、そんなビッグデータも万能かと言われると決してそうではない、と河本氏は説明している。その理由としては3点挙げられているのだが、詳細は書籍で確認してほしい。
河本氏が胸に刻む、「所詮」と「されど」
続いて、「データ分析でビジネスを変える力」と題した第2章で説明されている「使わせる力(実行力)」での説明である。
この項でもさまざまなポイントが解説されているが、印象に残ったのは、河本氏が「データ分析を意思決定に使う際に、『所詮』と『されど』の2つの言葉を胸に刻んでいる」という説明だ。
分析データをビジネスの意思決定に使うためには、分析モデルが成り立つ前提を理解しておかなければならない。最も根本的な大前提としては、通常の分析モデルは過去のデータから作られたものであるため(河本氏はこれを「連続性の世界」と呼ぶ)、過去にない現象が起きた際には必然的に役立たないものになる(こちらを「不連続の世界」と呼んでいる)。
ご承知のとおり、現実は不連続の世界である。過去のデータのとおりに事が進み続けるなどは実際にはあり得ない。意思決定で分析結果を使用する際には、その不連続の世界の中で連続の世界を前提にしているという点を理解しておく必要があるのだが、分析者が完璧主義である場合、そういった点がある種のジレンマになることもあるという。この問題を解消する言葉が、前出の『所詮』と『されど』だ。
「所詮、『連続の世界』での解にすぎない。されど、『連続の世界』での解は、『不連続の世界』においても何らかの手掛かりにはなります。問題は、意思決定に使えるほどの手がかりかどうかです」――河本氏はこう説明している。
さらに解説は、「多くの人が陥っているのは、手掛かりになるかどうかの判断と意思決定の決め手になるかどうかの判断を混同することです」と続く。データ分析に対する信頼は、大きすぎても、小さすぎてもうまくいかない。その事実を改めて思い起こさせるエピソードである。
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以上、『会社を変える分析の力』の概要をごく簡単に紹介した。
前述のとおり、本書はビジネスにおいてデータ分析をいかに役立てるかについて解説した書籍である。ここでは前半で紹介されている概念的な部分を取り上げたが、中盤以降では、見つける力や解く力の大切さを説きながら、分析力を向上させるための「4つの問い」や「9つの習慣」なども紹介している。
長きにわたりデータ分析に取り組んできた河本氏のノウハウが多数詰め込まれた一冊。少しでもデータに携わるビジネスマンはご覧になるとよいだろう。