九州大学(九大)は9月9日、高知大学との共同研究により、「核スピン科学」を基に数1000倍の超高感度化状態を長時間維持できる高感度造影剤の基本骨格を開発し、同骨格から重要な生体分子であるカルシウムイオンや酵素、活性酸素種を高感度検出できる高感度MRI造影剤を設計し、体外での実証実験に成功したと発表した。

成果は、九大 稲盛フロンティア研究センター 次世代機能性分子超構造研究部門の山東信介 教授、同・野中洋 特任助教、同・大学 先端融合医療レドックスナビ研究拠点の市川和洋 教授、高知大 海洋コア総合研究センターの津田正史 教授、同・熊谷慶子 特任助教、同・赤壁麻依 研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間9月11日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

ヒトの体は分子の集まりであり、タンパク質を初めとするさまざまな分子が複雑に活動することで生命として機能している。これら分子の異常は疾病につながるため、体内の分子の挙動を解明することは、疾病のメカニズム解明や早期診断に非常に重要だ。

その観点から体内を調べるためのさまざまな手法が開発されているが、「核磁気共鳴」を利用するMRI(Magnetic Resonance Imaging:核磁気共鳴画像法)はその代表例だ。核磁気共鳴とは、分子が外部静磁場に置かれた際に、分子を構成している原子の核スピン(多くの原子核はそれぞれ固有の速度で回転しており、さらに棒磁石のような性質を持つ)が固有の周波数の電磁波と相互作用する現象をいう。この現象を用いることで、分子の置かれている環境を観測することができるというわけだ。

疾病の診断に用いられるMRIは、生体に多量に存在する水分子の状態を解析し、有用な生体画像情報を得ている。よって、水分子以外の生体分子も解析できれば、より有用な情報が得られることから期待されているところだ。しかし、核磁気共鳴は感度が悪く、体に大量に存在する水分子や限られた生体分子以外は検出が困難である。そのため、そのほかの生体分子の観測を可能にする高感度「MRI造影剤」の開発が望まれていた。

なおMRI造影剤とは、MRI情報を得るために特定の組織や分子の状態を解析、画像化するために使用される検査薬のことをいう。現在は、ガドリニウム系造影剤など、水分子に影響を与えてMRI画像を取得する検査薬が多く用いられている(ちなみに今回の研究では、窒素の安定同位体15Nでラベル化された分子を広義のMRI造影剤として用い、高感度化された15N-MRI造影剤の構造変化や生体分子との結合を直接MRIで追跡したという)。

そこで研究チームは今回、「核偏極」という技術を用い、感度を飛躍的に向上させた超高感度MRI造影剤の開発に挑んだのである。なお核偏極とは、核磁気共鳴において、原子核が固有の周波数の電磁波と相互作用する際に、核スピンの方向を偏らせることで、通常の数100倍以上の感度向上が可能な技術のことをいう。つまり、MRI造影剤の感度を劇的に向上させることができる画期的な技術というわけだ。

しかし、一般に核偏極したMRI造影剤はその超高感度化状態を長く保つことができないという致命的な欠点があった。そこで研究チームは、核スピン科学を基に、超高感度化状態を長時間維持できる化学構造の探索を進め、高感度化を長時間維持できる造影剤基本骨格の開発に成功したのである(今回の研究では、超高感度化状態の核スピン(大きな棒磁石の性質)と、近傍に存在するそのほかの核スピン(小さな棒磁石の性質)との相互作用を減らすことで、超高感度化状態(大きな棒磁石の性質)を長く維持することに成功したという)。

開発された骨格構造は約6000倍の感度向上(偏極直後)、またこれまで生体解析に用いられてきた既存の核偏極MRI造影剤と比較して約20倍の超高感度化維持時間を実現した。またこの基本骨格から、重要な生体分子であるカルシウムイオンや生体酵素、活性酸素種を検出できる高感度MRI造影剤を設計し、体外での実証実験に成功したのである。

これまで、体を傷つけずに体内の分子の活動を観測することは困難だったのはいうまでもない。今回開発された超高感度化を長時間維持できるMRI造影剤の基本骨格を基に、狙った生体分子を計測する超高感度MRI造影剤が設計できれば、さまざまな生体分子の活動を観測可能になると考えられる。

今回の技術が実用化できれば、分子の活動は身体の維持に重要な役割を果たしており、医療や基礎研究に幅広く応用されることが期待できるという。医療面の例としては、がんや代謝疾患、慢性疾患などの疾病になる際に異常が起こる分子の活動を観測することで、疾病の早期診断につなげることが期待できるとする。基礎研究の例としては、未だ明らかにされていない分子レベルでの生体制御機構の解明につなげることが可能と考えられるとした。

今後は、超高感度化状態の維持に関する詳細なメカニズム解明とより優れた基本骨格の探索、生物個体・体内への応用と評価、疾病診断へ向けた超高感度MRI造影剤の開発などを行っていく予定としている。

これまでの造影剤と今回開発された造影剤の特徴