浜松ホトニクス(浜ホト)、早稲田大学(早大)、科学技術振興機構(JST)の3者は9月10日、高感度で実用的な角度分解能を併せ持ち、1.9kgという従来品の約4分の1までの計量化と、外形寸法が15cm×15cm×13.5cmという小型化、そして税込み価格1050万円という大幅な低価格化を実現したガンマ線撮像用「コンプトンカメラ」(画像1)の発売を2014年2月から開始することを共同で発表した。
開発は、浜ホト 中央研究所 第一研究室の大須賀慎二研究室長代理、早大の片岡淳准教授らの研究開発チームによるもの。研究はJST先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として行われ、浜ホトがコンプトンカメラの試作、早大が装置構成と画像処理の最適化および評価をそれぞれ担当した。またコンプトンカメラの実機は、11月7日(木)~9日(土)まで静岡県浜松市中区のアクトシティ浜松で開催される、浜ホトの総合展示会「フォトンフェア2013」に出展される予定だ。
福島第一原子力発電所の事故により大量の放射性物質が環境中に放出され、福島県内の周辺地域においては放射性物質の除染が緊急かつ重要な課題となっているの誰もが知るところだ。除染作業を効率的に行うためには、セシウム(Cs)134や同137などの放射性物質の分布を可視化するガンマ線カメラを活用し、放射性物質が集積したホットスポットを探索したり、除染作業後にその効果を確認することが有効である。
しかし、従来のピンホール方式のガンマ線カメラは遮蔽体を必要とし、また冷却機構を必要とするものもあり、そのため装置重量が10kg以上で、携行しての作業には適していない。また、遮蔽体を必要としない方式のガンマ線カメラも実用化されているが、Cs137からの約662キロエレクトロンボルト(keV)のガンマ線に対する感度が低く、除染に役立つガンマ線の分布に関わる情報を得るには長時間の計測が必要という問題点もあった。
それに対して今回のコンプトンカメラは、浜ホトが独自開発した高感度半導体光検出素子「MPPC(Multi Pixel Photon Counter)」と高密度で発光特性の良好なシンチレータ(放射線エネルギーを吸収して蛍光を発する物質)を搭載しており、ガンマ線の飛来方向とそのエネルギーを同時に測定し、ガンマ線を放出する放射性Cs134、同137の分布をリアルタイムに近い短時間で画像化することが可能だ。
具体的には、ガンマ線がシンチレータ中にある電子と衝突し、エネルギーの一部を失って飛行方向を変える「コンプトン散乱事象」を計測することで、ガンマ線の飛来方向とガンマ線のエネルギーを求め、ガンマ線を放出する放射性物質を特定して分布を画像化する仕組みだ。
コンプトンカメラでは「散乱体」と「吸収体」の2種類の検出器が層状に置かれており、ガンマ線が散乱体でコンプトン散乱して吸収体で「光電吸収」される事象を検出する。そして、ガンマ線が散乱・吸収される位置情報と、各検出器に付与されるエネルギーを使って計算されるコンプトン散乱角から、ガンマ線の飛来方向を求める仕組みだ。また、比較的高エネルギーなCs137からの662keVガンマ線に対して高い検出効率を確保できるように、シンチレータ部の構造、厚さや散乱体検出器と吸収体検出器の間隔などの最適化設計が行われた。
ガンマ線の飛来方向を高い精度で決定するには、100keV以下の低エネルギー域においてもガンマ線の散乱・吸収位置と検出器に付与されるエネルギーを精度よく計測する必要がある。そのため研究開発チームは、MPPCのダークノイズ特性などの改善、およびASIC信号増幅処理回路を含めたMPPCからの出力を読み出す回路系の最適化にも挑んだ。
画像2がコンプトンカメラの原理。入射ガンマ線が「散乱体検出器」で「コンプトン散乱」を起こし、「吸収体検出器」で「光電吸収」された事象について、散乱体検出器と吸収体検出器それぞれに対するガンマ線からの付与エネルギーと散乱、吸収位置から散乱角を計算することができる。多数個の同様の事象について、演算を行うことで、入射ガンマ線の飛来方向を求める仕組みだ。
コンプトンカメラには高感度かつ低ノイズのMPPがを採用されており、画像化に有効な100keV程度から10keVまでの低エネルギーのコンプトン散乱現象を確実に検出することができる。また、MPPCと高性能のシンチレータと組み合わせることで約10%のエネルギー分解能を実現し、Cs134由来の605keVおよび796keV、Cs137由来の662keVガンマ線の3種類の識別が可能だ(画像3)。
そのキーテクノロジーであるMPPCは、浜ホトが開発した新しいタイプの光半導体素子で、フォトン(光子)が生成した電子を100万倍程度に増倍して極微弱光を検出することができる点が特徴。高感度かつ低ノイズのMPPCを採用することで、画像化に有効な100keV程度から10keVまでの低エネルギーのコンプトン散乱現象を確実に検出できるというわけだ。また、MPPCと高性能のシンチレータと組み合わせることで約10%のエネルギー分解能を実現し、3種類のガンマ線のエネルギー弁別を行えるのである。
画像3は、散乱体と吸収体でのエネルギー分布(福島県浪江町での測定データより)だ。散乱体(横軸)と吸収体(縦軸)に付与されたエネルギーの和が一定の場合、傾き-1(右肩下がり)の直線となる。赤の2本の点線は、Cs134による605keVおよび796keVの、黒の点線はCs137による662keVガンマ線にそれぞれ対応。エネルギーの和が約662keVかつ散乱体検出器に付与されたエネルギーが10keVから165keVであるコンプトン散乱事象(黄色の楕円部)を選択して、Cs137の分布を画像化する。
さらに、計測に必要な信号処理回路などをすべて内蔵し、パソコンにUSB接続するだけで電源供給され、ガンマ線の分布を「逆投影法」(画像4)と「統計的画像再構成(MLEM)法」(画像5)の2種類で画像化することが可能だ。逆投影は、比較的簡単な計算で画像再構成を行い、データを取得しながらリアルタイムで再構成画像の更新を行うが、原理的にガンマ線源が点状であっても広がりを持って画像化される。MLEMは、統計的な画像推定を行うために点状のガンマ線源がほぼ点状に画像化されるが、画像推定のための計算量が大きくなり、画像を得るには逆投影よりも時間を要するという。
除染作業では、リアルタイムに近い所要時間での再構成と表示が要求される。逆投影でデータを取得しながら可能な限り短時間で画像を更新して表示し、その後、MLEMで位置を特定し、除染作業を効率的に行う。
コンプトンカメラの性能だが、居住制限区域に相当する1時間当たり3.8~9.5マイクロシーベルト(μSv/h)程度の環境下で、放射性物質の集積(ホットスポット)を数分程度で撮像することができる。この特長を生かして迅速に放射性物質の分布を画像化すれば、除染の前後でその効果を確認する上で特に有効であると考えられるという。
実際に、福島県浪江町と福島大学の協力を得て福島県内での現地試験を実施した結果、コンプトンカメラの性能が実用レベルに達していることが確認された(画像3・4)。研究開発チームは、コンプトンカメラの活用によって福島県域での除染作業の効率化を進めることで、同地域の東日本大震災からの復旧・復興に貢献したいと考えているとしているとした。
また、製品としての構成だが、計測に必要な信号処理回路やバイアス電源、A/D変換器は、コンプトンカメラの筐体内に収められている。USBインタフェースでパソコン(Windows7)に接続することにより、特別な電源やバッテリを用意することなく、USBのバスパワーで連続動作しガンマ線計測が簡単に行える仕組みだ。専用のアプリケーションソフトにより、パソコンで画像再構築が可能で、ガンマ線の分布を逆投影法とMLEM法の2種類で画像化することができる。主な仕様は以下の通り。なお、販売目標台数は、1年目は10台で、2年目は200台としている。
- 検出素子:MPPC
- シンチレータ:GAGG
- 対象核種:Cs134、同137
- エネルギー分解能10%:Cs137(FWHM)662keV
- 角度分解能15度:Cs137(FWHM)662keV
- 測定範囲:~20μSv/h 下限は計測時間による
- インタフェース:USB
- OS:Windows 7(64bit)
- 電源:USB バスパワー3.5h(PCバッテリ)
- 動作温度範囲:0~40℃
- 保存温度範囲:-10~50℃
- 外形寸法:15cm×15cm×13.5cm
- 装置重量:1.9kg(カメラ本体のみ)
- 付属品:WindowsPC、三脚、収納ケース
- 発売予定日:2014年2月
- 製品価格:1050万円
- 販売目標台数:1年目10台、2年目200台