理化学研究所(理研)は9月9日、電子スピンが渦状に並んだ磁気構造のスキルミオンが、制限された空間(回路)で電流を流したときに現れる動的特性を、大規模なシミュレーションを用いて理論的に解明したと発表した。また、回路に微小な切れ込み(狭窄構造)を作って電流を流すだけで、簡単にスキルミオンを生成できることも発見した。

同成果は、理研 創発物性科学研究センター 強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター(東京大学大学院 工学系研究科 教授)、東京大学大学院 工学系研究科の岩崎惇一大学院生、青山学院大学 理工学部 物理・数理学科の望月維人准教授らによるもの。詳細は科学雑誌「Nature Nanotechnology」オンライン版に掲載された。

半導体技術は微細化によって進歩しているが、10~20年後には、集積回路上のトランジスタは原子サイズまで到達すると予想されており、微細化を進めることができない。そこで、従来の技術とは異なる原理に基づいたデバイスを開発し性能を向上させることが、技術革新の1つの流れになっている。例えば、電子のスピンは、回転の向きによって2通り存在し、この向きを磁気によって操作し情報として利用する技術が注目されている。

1970~80年代に、次世代の磁気メモリへの応用を目指して磁気バブルが盛んに研究された。しかし、サイズが磁気双極子相互作用で決定されるためにミクロンスケールと大きく、また強いピン止め効果のために制御が難しいという問題点もあり、実用化に向けた進展はなかった。このような中、最近、電流で強磁性体における磁壁を駆動して磁気メモリに応用しようとする研究が盛んに行われている。しかし、これには1010~1012A/m2という大きな電流密度が必要とされる点が課題となっている。こうした背景から、サイズがナノスケールで、かつ小さな電流密度で駆動できる磁気構造が強く求められている。

近年、カイラル磁性体中においてスキルミオンと呼ばれる電子スピンが渦状に並んだ磁気構造体が発見され、大きな注目を集めている。特に、スキルミオンは制限されていない空間では、106A/m2程度の電流密度で駆動することが分かっており、低消費電力な磁気メモリ開発への期待が高まっている。しかし、なぜ小さな電流密度で駆動するのか、その理由は分かっていなかった。また、現在の実験技術では、回路のような制限された空間でスキルミオンの挙動を調べることは難しく、回路上でも同様に小さな電流密度で駆動するのか、また全く異なる特性が現れるのかどうかも不明だった。そこで、研究グループは、実用化を目指して、回路上のダイナミクスの変化を予想するために、大規模なシミュレーションを用いて、制限された空間内でのスキルミオンの挙動を調べた。

図1 スキルミオンの磁気構造。複数の電子スピンが渦のように規則的に並んだ構造をしている。中心と外周のスピンの向きは反平行で、中心から外周の間にあるスピンの向きは連続的にねじれ、渦巻き構造を形成する

研究グループは、スキルミオンが回路のような制限された空間でどのような挙動をするのか、磁気構造の時間変化を記述する微分方程式Landau-Lifshitz-Gilbert方程式を用いてシミュレーションした。その結果、無限に広い空間での挙動とはまったく異なって、ちょうど磁壁の場合と同じような挙動を示すことを発見した。つまり、無限に広い空間の場合には摩擦力や不純物ピン止め効果にほとんど依らない電流-速度特性を示したのに対し、制限された空間である回路の場合には、これらの因子の影響を強く受けることが明らかになった。これは、挙動が1次元的に制限されるために起きた現象であるという。さらに、回路の端でスキルミオンに反発力が働き、反発力を超える電流を流すとスキルミオンが消滅することが分かった。また、これまで困難とされていたスキルミオンの生成を、回路に微小な切れ込み(狭窄構造)を入れて電流を流すという極めてシンプルな方法で実現できることを示した。

図2 スキルミオン生成のシミュレーション結果。制限された空間にさらに微小な切れ込み(狭窄構造)を入れて、電流を流すとスキルミオンが生成される(aからfの順に生成される)

スキルミオンは、新しいタイプの高密度・低消費電力デバイスへの応用が期待されている磁気構造である。今回の成果は、スキルミオンを応用したデバイスを設計する際に基礎となる指針を理論的に提供したと言える。また今後、カイラル磁性体や磁性体界面構造で、スキルミオンを室温で実現する物質系の開拓と、100nm程度の構造にスキルミオンを閉じ込めて、電流や光照射によって制御する方法の開発が求められる。特に、磁性体の界面構造に起因する強いスピン軌道相互作用を用いてスキルミオンを実現できる可能性があり、そこではナノスケールの制御も期待できる。さらに、スキルミオンを用いた論理回路の設計・開発も並行して推進することで、新しいタイプの高密度・低消費電力デバイスの実現に近づくとコメントしている。