理化学研究所(理研)と東京大学、物質・材料研究機構(NIMS)は9月9日、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、ゲルマニウム(Ge)の化合物であるMn1-xFexGe中の、MnとFeの濃度比で、電子スピンが渦状に並んだ磁気構造体スキルミオンのサイズと渦の向きが制御できることを発見したと発表した。これは、スキルミオンを記録ビットとして用いる省電力磁気メモリ素子の実現に重要な指針を与える発見であるという。
同成果は、理研 創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループの十倉好紀センター長 兼 グループリーダー(東京大学大学院 工学系研究科 教授)と柴田基洋研修生(東京大学大学院 工学系研究科 博士課程大学院生)、NIMS 先端的共通技術部門 表界面構造・物性ユニットの木本浩司ユニット長らによるもの。詳細は科学雑誌「Nature Nanotechnology」オンライン版に掲載された。
電子は、電荷とスピンという2つの性質を持つ。そのスピンの集まり(磁気構造体)を記録ビットとして利用したHDDなどの磁気メモリ素子は、電源供給がなくても情報を失わないため、低消費電力で動作するという利点があるが、HDDは回転する円板に情報の読み書きを行うため、処理速度が遅いという問題がある。そこで最近は、電流で磁気構造体を動かし情報を読み書きすることで、高速に動作する磁気メモリ素子を実現しようとする研究が盛んに行われている。
近年、発見されたスキルミオンと呼ばれる電子スピンが渦状に並んだ磁気構造体は、強磁性体における磁壁に比べ、10万分の1程度の微小な電流で磁気構造体を動かせるなど、工学的に優れた特性を持つため、高速で省電力な次世代磁気メモリ素子の記録ビットとして有望視されるようになってきた。将来的には、個々のスキルミオンを記録ビットとして制御する素子などへ応用することが考えられるが、実現するにはスキルミオンのサイズや渦の向きを自在に制御して素子内で集積化する手法の開発が必要となる。
スキルミオンが観測されている化合物に、MnGeとFeGeがある。MnGeとFeGeでは、現れるスキルミオンのサイズがそれぞれ3nm、70nmと異なる。そこで、研究グループは、これらを混ぜ合わせることで、様々なサイズのスキルミオンが現れるのではないか、と仮説を立てその検証を行った。
図1 スキルミオンのスピン配置の模式図。複数の電子スピンが渦のように規則的に並んだ構造をしている。中心と外周のスピンの向きは反平行で、中心から外周の間にあるスピンの向きは連続的にねじれ、渦巻き構造を形成する |
研究グループは、MnとFeの濃度比(組成x)を様々に変えた化合物Mn1-xFexGeを合成し、組成xとスキルミオンのサイズの関係を調べた。
さらに、多様な組成の試料について同様の観察・分析を行った結果、観察されるスキルミオンに対応する斑点の明暗が反転することなどから、組成x=約0.8(濃度比が約1:4)を境にスキルミオンの渦の向きが反転することが明らかになった。スキルミオンのサイズは、らせん磁気構造の周期の2/√3倍。そのため、この周期はスキルミオンのサイズの指標として利用できる。実際にスキルミオンのサイズに加え、らせん磁気構造の周期と組成の関係を分析した結果、サイズと周期は5~200nm程度まで、途中でスキルミオンの渦の向きの反転を伴って、連続的に制御できることが分かった。
これらの実験結果は、組成xの変化によって電子の相対論的効果の1つであるスピン軌道相互作用の強さが変化していることを示しているため、今回の研究はスピン軌道相互作用の強さがスキルミオンのサイズと渦の向きを決める要素であることを実験的に示すことにも成功した。これは、物質中の電子状態の変化を通してスキルミオンの構造を自在に制御できる可能性を示唆しているとしている。
今回の研究により、スキルミオンの基本的なパラメータであるサイズと渦の向きを系統的に制御する方法が明らかになった。この成果は、スキルミオンを記録ビットとする次世代の省電力磁気メモリ素子の設計・開発に重要な指針を与えるものと期待できるとコメントしている。