理化学研究所(理研)と慶應義塾大学(慶応大)は9月5日、「思春期特発性側彎症(AIS:Adolescent Idiopathic Scoliosis)」の重症化に関連する新たなゲノム領域を発見したと発表した。
成果は、理研 統合生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チームの三宅敦研究生(元慶應大 整形外科学教室 助教)、同・池川志郎チームリーダー、慶応大 医学部整形外科脊椎外科の松本守雄准教授を中心とする側彎症臨床学術研究チームとの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間9月5日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。
ヒトの背骨は完全に真っ直ぐではないが、横への曲がり方の角度が10度以上になると側彎(そくわん)症と考えられている(画像1・2)。さらに曲がりの角度が20度を超えると、装具の着用など何らかの治療をする必要が生じ、40度を超えると、多くの場合手術治療が必要だ。さらに重度になった場合は、肺機能が低下し、腰痛や背部痛の発症が増加するとされている。進行すると治療が困難になるので、早期発見と進行予測が大切だ。
側彎症を引き起こす原因はさまざまで、神経麻痺や筋ジストロフィーなど、明らかな疾患に続いて起こることもあるが、原因が特定できない「特発性側彎症」と呼ばれるタイプであることが多い。特発性側彎症は、発症時期などによりいくつかのタイプに分類される。その内、最も発症頻度が高いのが、10歳以降に発症・進行するAISで、全世界で人口の約2%に見られる発症頻度の非常に高い疾患だ。日本では学校保健法により側彎の学校検診が義務付けられているなど、社会的にも大きな問題となっている。
過去の疫学研究などから、AISは遺伝的因子と環境的因子の相互作用により発症する多因子遺伝病であることが解明済みだ。これまで世界中の研究チームが連鎖解析や候補遺伝子アプローチによる相関解析など、さまざまな手法を用いてAISの原因遺伝子の探索を行ってきた。池川チームリーダーらと松本准教授らは、2011年に世界に先駆けAIS発症に関連する遺伝子(疾患感受性遺伝子)「LBX1」を(記事はこちら)、2013年には「GPR126」を同定した記事はこちら。
一方で、AISはその発症だけでなく曲がりの角度の進行にも遺伝的因子が関連することが明らかになっている。これまで発見された遺伝子は、いずれも発症には関与するが、側彎の重症化には関連していないことが判明済みだ。そこで研究チームは今回、側彎症臨床学術研究チームによる厳格な診断基準の下に詳細な臨床情報と共に収集された曲がりの角度が40度以上の日本人重症AIS患者554人と対照者1474人のDNAサンプルを用いて、疾患の感受性遺伝子を見つける方法の1つである「ゲノムワイド相関解析(GWAS)」を再施行。AISの重症化に関与する遺伝子の同定を試みたのである。
30億塩基対のDNAからなるとされるヒトゲノムの内、個々人の塩基配列の違いは0.1%とされており、これを「遺伝子多型」という。その遺伝子多型の内の1つの塩基がほかの塩基に変わるものは、「一塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)」と呼ばれる。このわずかな違いから体内で作られる酵素などのタンパク質の働きが微妙に変化し、病気のかかりやすさや医薬品への反応に変化が生じるのである。
今回のGWASの再施行では、ヒトゲノムの全体をカバーする約55万個のSNPが調べられた。すると、2011年に報告された10番染色体上の3つのSNP、2013年に報告された6番染色体上の2つのSNPで強い相関が認められたほか、新たに17番染色体上にも強い相関を示すSNPが1つ存在することが判明したのである。この17番染色体上のSNP「rs12946942」は過去にAISの発症に関わるSNPとして相関が認められていないことから、AISの重症化、すなわち曲がりの角度の進行に関与することが考えられた。
さらにその結果を確認するために、別の重症AIS患者268人と対照者9823人からなる日本人集団についての調査が行われ、このSNPの相関が再現されたのである。2つの集団の結果を統合すると、P値(偶然にそのようなことが起こる確率)は「4.00×10の-8乗」にもなり、日本人ではこのSNPを持つと重症AISとなるリスクが2.05倍も高まることがわかった(画像3)。
さらに、中国・南京大学の協力を得て、重症AIS患者571人と対照者326人からなる中国人の集団についての調査も行われ、同様にこのSNPの相関が再現されたのである。従って、このSNPが複数の人種においてAISの重症化に関与することがわかったというわけだ。
画像3の表は、AISの段階的相関解析で発見された17番染色体上のSNP「rs12946942」の相関を表したものだ。表の見方は、まずP値が相関の強さの指標だ。劣性遺伝モデルによる。P値が低いほど、相関が高いと判定できる。オッズ比は、相関の大きさ、リスク多型の影響力の指標。統合は、日本人の解析結果をすべて合算したもので、全統合は日本人統合と中国人再現解析の結果をマンテル-ヘンツェル法によるメタ解析で統合したものだ。
続いてこのSNPについて、ゲノム上の位置が調べられた。すると、遺伝子「SOX9」の880kb上流に、遺伝子「KCNJ2」の1000kb下流に存在することが判明。SOX9は「屈曲肢異形成症」、KCNJ2は「アンダーセン症候群」という骨系統疾患(骨関節の単一遺伝子病)の原因遺伝子であることがわかっており、これらの疾患にはその主要な症状の1つに側彎症が含まれる。従って、このSNPとこれらの遺伝子の関連性が明らかになれば、このSNPとAISの重症化との関連がより強く示唆されると考えられたというわけだ。
そこで過去の研究の再調査が行われ、このSNPはSOX9の発現を制御する領域に存在することが明らかになった。つまり、SOX9の発現量を調節することで側彎を重症化させると考えられるという。
また、KCNJ2との直接の関連は明らかにならなかったが、この領域の欠損によって発症する疾患の報告があり、このSNPとKCNJ2の両方とも欠損している疾患ではその症状に側彎症が含まれている。しかし、KCNJ2だけ欠損している疾患の場合には側彎症は含まれていない。このことから、このSNPを含む領域にAISの重症化を制御する機構がある可能性も考えられるとする。
今回の研究により、AISの重症化に関連する遺伝子の存在領域が発見された。側彎の重症化を予測することは、手術の必要性や時期など治療方針を決定するのに非常に重要だ。今後、SOX9、KCNJ2、およびこのSNPを含むゲノム領域の機能解析や、AISの重症化に関わる新たな経路をさらに詳しく調べることで、分子レベルにおいてAISが進行するメカニズムへの理解が進み、治療薬の開発、さらに患者の遺伝子情報と臨床情報に基づいたテーラーメイドの治療法が期待できるとしている。