東京大学は8月30日、これまで考えられていた血液細胞の分化モデルの学説を覆す、新しいモデルを見出したと発表した。
成果は、東大 医科学研究所附属 幹細胞治療分野の中内啓光教授、同・山本玲特任研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、8月29日付けで米科学誌「Cell」オンライン版に掲載された。
「造血幹細胞」は骨髄中にあり、一生涯にわたって、毎日数1000億個もの新しい成熟血液細胞、主に赤血球、血小板、白血球の1種の「顆粒球」、免疫細胞の1種の「Bリンパ球」と「Tリンパ球」の5系統を供給している。このような特徴は、造血幹細胞の分裂により自己と同じ細胞を作り出せる「自己複製能」と、5系統すべての血液細胞に成熟できる「多分化能」という。
造血幹細胞からどのように血液細胞が産生されるのかについてのこれまでの研究の多くは、マウス個体内で白血球抗原CD45を指標にしたシステムにより顆粒球・Bリンパ球・Tリンパ球への分化能のみを観察することによって行われてきた。一方、赤血球や血小板は核を持たずCD45を発現していないため、これらの細胞への分化能力は、試験管レベルの実験など別の手法を用いて観察されていたのである。
そうした研究成果のもと、造血幹細胞は、その多分化能を維持したまま自己複製能のみを失って「造血多能性前駆細胞」となり、さらに「骨髄球性前駆細胞」と「リンパ球性前駆細胞」に分かれ、最終的に成熟血液細胞を産生するという分化モデルが教科書的には主流だった。しかし、この分化モデルは上記のような問題から必ずしもすべてが実験的に証明されているものではなかったのである。
この問題を解決するために、研究チームはまず、赤血球、血小板、顆粒球、Bリンパ球、Tリンパ球の5系統の成熟血液細胞が「蛍光色素クサビラオレンジ」で標識されたマウス(クサビラオレンジマウス)を作製。このマウスを用いることにより、マウス体内においてCD45の発現に依存することなく、赤血球・血小板を含む5系統すべての成熟血液細胞を蛍光により判別できるようにしたのである。
そして、このクサビラオレンジマウスの骨髄細胞から単一細胞を分取し、ほかのマウスに移植。その後、定期的に末梢血を解析することにより、移植した単一細胞がどの種類の成熟血球を産生する能力を持っているのかの評価が行われた。
その結果、単一細胞レベルで自己複製能力のある前駆細胞として、血小板のみを産生し続ける前駆細胞「megakaryocyte repopulating progenitor」、赤血球・血小板のみを産生し続ける前駆細胞「megakaryocyte-erythroid repopulating progenitor」、赤血球・血小板・顆粒球のみを産生し続ける前駆細胞「common myeloid repopulating progenitor」が同定されたというわけだ。
また、「娘細胞対アッセイ解析法」を用いて、造血幹細胞が、上記の3種類の前駆細胞を直接的に産生することを示した。娘細胞対アッセイ解析法とは単一細胞を採取し、培養液中で培養、2細胞の娘細胞に細胞分裂後、各々の単一細胞を1個ずつにわけ、各々を別々のマウス個体内に移植し解析する方法のことで、分裂前の細胞がどのような種類の細胞に分裂したか知ることが可能だ。
こうしたこれらの成果により、造血幹細胞から成熟血液細胞を産生する最初の過程において、自己複製能力の喪失は必須ではないこと、さらに段階的に分化能力を失っていく従来の血液細胞の分化モデルとは異なる、これまで知られていなかった血液細胞の分化経路が存在することが示されたのである。
造血幹細胞を起点に、段階的に各血液細胞が作り出されるという従来の分化モデルは、生物学や医学の教科書に頻繁に記載されており、今回の研究成果は、これまでの学説を覆すもので、新たに教科書を書き換える成果であるという。造血幹細胞は、ほかの「体性幹細胞」(生体組織内に存在する幹細胞)の中でも最も古くから精力的に研究のなされていた分野であり、ほかの種類の体性幹細胞を研究する際にもモデルとなっている。よって、今回の研究成果は、ほかの体性幹細胞の研究にも影響を与える可能性があるという。
さらに、より正確に造血幹細胞の分化系図を理解することにより、新たな分子メカニズムの発見にもつながり、造血幹細胞やある特定の血液細胞の試験管内における増幅に加え、ES細胞・iPS細胞から造血幹細胞を誘導するという再生医療の発展、血液疾患のメカニズムの解明や白血病を始めとする難病治療への応用にも有用であると期待されるとしている。