東北大学は8月19日、細胞性粘菌由来の抗がん剤候補物質に関する研究を行った結果、ミトコンドリア(の機能阻害)を介してがん細胞の増殖を阻害することなどが示唆される成果を得ることに成功したと発表した。
同成果は群馬大学 生体調節研究所の久保原禅 准教授、東北大学 大学院薬学研究科の大島吉輝 教授、菊地晴久 准教授、福島県立医科大学 医学部の本間好 教授らによるものも。詳細は米国オンライン科学誌「PLOS ONE」に掲載された。
細胞性粘菌類(粘菌)は、カビによく似た子実体を形成する土壌微生物で、森の落ち葉の下などに生息している。しかし、分類学的には真菌類(カビ・キノコ類)とはかけ離れた生物群で、真菌類がペニシリンなどの多くの薬剤に応用されているのに対し、創薬資源としての粘菌類の研究は遅れていることもあり、研究グループは「粘菌類=未開拓創薬資源」と位置づけ、粘菌由来の薬剤候補物質の探索を行ってきた。
これまでに報告されている粘菌由来の薬剤候補物質の中でもっとも良く研究されているのがキイロタマホコリカビの分化誘導因子「DIF-1」と「DIF-3」であり、研究グループの手により、抗腫瘍活性(がん細胞の増殖を抑制する活性)を有することが見出されていたが、そうしたDIFの類似化合物がどのような仕組みでがん細胞の増殖を抑制しているのか、その詳細については不明のままとなっていた。
そこで今回、研究グループは、DIF様因子の作用機序を解明することを目的に、蛍光発色体(BODIPY)とDIF-3を結合した化合物(BODIPY-DIF-3)を合成。これを利用して、これまで不明であったDIF様因子の細胞内動態の可視化を試みたという。
その結果、BODIPY-DIF-3が他のDIF様因子と同様にHeLa 細胞(ヒト由来のがん細胞)の増殖を抑制することが確認されたほか、HeLa細胞をBODIPY-DIF-3処理し、併せてミトコンドリアと核を特殊な色素で染色し、その動態を観察したところ、HeLa細胞にBODIPY-DIF-3を添加すると、BODIPY-DIF-3は30分以内に細胞内に浸透し、ミトコンドリアに蓄積・局在することが確認された。
また、HeLa細胞をBODIPY-DIF-3存在下で3日間培養したところ、ミトコンドリアが巨大化(膨潤)し、それらにBODIPY-DIF-3が蓄積されていることも示されたほか、HeLa細胞をDIF-3あるいはBu-DIF-3存在下で3日間培養した場合にも、ミトコンドリアが膨潤し、それらにもBODIPY-DIF-3が局在することも確認されたという。
さらに、実際にHeLa細胞内のミトコンドリアの形態がどのように変化しているかどうかの観察として、HeLa細胞をBu-DIF-3あるいはBODIPY-DIF-3存在下で3日間培養したところ、ミトコンドリアが著しく巨大化していることも確認されたという。
加えて、これらの成果を受けて、マウス肝臓から調整したミトコンドリアの酸素消費活性に対するDIF様因子の効果を比較検討したところ、DIF-3、Bu-DIF-3、BODIPY-DIF-3などのDIF様因子は、ミトコンドリアの酸素消費を促進し、ミトコンドリアの正常機能を妨害することが示されたほか、DIF様因子によるミトコンドリア機能阻害活性とHeLa細胞増殖阻害活性はよく対応していること、既知のミトコンドリアの機能阻害剤もHeLa細胞の増殖をよく阻害することなどが分かったという。明らかとなった。
今回の研究結果は、BODIPY-DIF-3(DIF-3、Bu-DIF-3などのDIF様因子を含む)が、細胞膜を透過してミトコンドリアに局在し、ミトコンドリアの機能を妨害、ミトコンドリアを膨潤させるほか、少なくとも一部はミトコンドリア(の機能阻害)を介してがん細胞の増殖を阻害することなどを示唆するものであり、研究グループでは、ミトコンドリアを狙い撃ちする新たな抗がん剤開発のためのリード化合物としてDIF様因子が役立つ可能性を示唆するものであると説明する。
また、DIF様因子は、ミトコンドリア以外の経路を介して抗腫瘍活性を発揮することも示されていることから、DIF様因子は単剤でも強力な抗がん剤として臨床応用できることが期待されるとのことで、すでにがん細胞の浸潤・転移に対するDIF様因子の効果も検討を進めているとのことで、今後は、さらに詳細なDIF様因子の作用機序を明らかにしてゆくと同時に、正常細胞に対する毒性の検討などを進め、より抗腫瘍活性が強く、副作用の少ないDIF誘導体の開発を目指す予定としている。