高輝度光科学研究センター(JASRI)は8月16日、タンパク質結晶の劣化を抑えつつ、試料の状態確認と結晶性の改善をリアルタイムで行える測定法を開発したことを発表した。
同成果はJASRI 構造生物グループの馬場清喜 研究員、熊坂崇 副主席研究員らによるもの。詳細は結晶学専門誌「Acta Crystallographica Section D」に9月1日付で掲載される予定。
タンパク質立体構造の解析手法としてタンパク質を結晶化し、その結晶にX線を照射して得られた回折画像からその構造を得る「X線結晶構造解析法」が広く使われているが、複雑な構造を持つタンパク質からは一般的に数百μm以下の小さな結晶しかできないことや、その回折の強度も弱いことから、高精度のデータ測定のためには高輝度なX線が利用できる放射光ビームラインの利用が必要となるものの、高輝度X線を照射すると結晶の損傷が生じやすいため、100K(約-180℃)以下の温度でタンパク質結晶を冷却して実験を行うことが一般的である。
しかし、タンパク質の結晶は一般的に多くの水分(50%程度)を含んでいるため脆く、試料操作の際の水分の蒸発や薬品の添加などによって劣化しやすいといった特徴があり、100K以下に試料を冷却する場合、結晶内外の水分が氷の結晶となって体積膨張し、結晶を劣化させることがあるため、氷の結晶生成を防ぐ前処理(抗凍結処理)が必要となっており、最適な試料保持条件や抗凍結処理条件、冷却条件を決定する必要があるほか、その検討を行う際に、それらの複合要因をそれぞれ評価するための測定法がないという課題があった。
今回研究グループは、そうした問題の解決に向け、結晶を水溶性高分子の水溶液でコーティングし、湿度を調整したガスを吹き付ける「新規結晶マウント法(Humid Air and Glue-coating(HAG)method:HAG法)を新たに開発したという。
同方法は、コーティング剤を試料マウント器具のループ状の部分に張り付け、そのループで結晶をすくい取ることで、結晶をコーティングすることで、室温環境下ながら、試料の乾燥を防ぎ、安定に保持することを可能とするというもの。
HAG法による結晶のマウント方法とマウントした結晶の様子。手順としては、(a)環状の器具にPVA溶液を張り付ける、(b)PVAを張ったループで結晶をすくい取る、(c)PVAに張り付いた結晶はコーティングされる、といった流れ。湿度調整することでPVAは飽和し、結晶は固定される |
さらに、コートされた結晶を回折計の回転ステージ上に設置し、湿度調整気流を吹き付けながらX線回折実験を行う。
コーティング剤として用いられるのは水溶性高分子のポリビニルアルコール(PVA)」で、水を取り込む性質があるため、高濃度の条件で冷却時の氷の結晶析出を抑えらることが可能だ。また、従来のPVAは粘性が高くコーティングが難しかったが、今回の研究では濃度を薄めた溶液でコーティングした後、湿度調整で濃縮することで、最適な冷却前処理を実現したとする。
研究グループでは、すでに膜タンパク質の結晶を含む多くの試料でテストを実施し、そのほとんどの試料で良好な結果を得ることに成功したとするほか、従来法では回折データが取得困難だった試料であっても良好なデータを得ることにも成功した例もあるとしている。
さらに研究の結果、同手法を用いることで結晶間の同形性を揃えられることが示唆されたとのことで、研究グループでは、湿度を一定に保持することで、多数の結晶の水分含有率が揃い、同形になったものと考えられるとしている。
湿度調整による結晶格子の変化。3つの異なる卵白リゾチーム結晶における脱水、加水による結晶格子の長さの変化を調べたもの。湿度と格子定数には高い相関が見られることが分かる。(a)は結晶が損傷する湿度まで下げ続けた測定。(b、c)は(a)と同様に湿度を下げた後、(a)で確認された損傷湿度の前で湿度を上げた測定 |
なお、同手法は、大型放射光施設SPring-8の共用ビームラインBL38B1で、2014年度からの一般利用が予定されており、これにより、国内外の研究者によるタンパク質構造研究に新たな可能性を切り開くことができ、医薬品の開発、難病治療の研究などの進展が期待できるようになると研究グループでは説明しているほか、同手法は実験室のX線装置と組みわせて試料調製の効率化を図ることも可能なため、その手法の普及に向けリガクと装置の共同開発も開始したとしている。