慶應義塾大学(慶応大)は8月9日、筑波大学、国立天文台との共同研究により、太陽系から約3キロ・パーセク(1pc=3.26光年、3kpc=約1万光年)の距離にある「II型超新星」の残骸「W44」に対する電波観測を行い、星間分子雲中を伝搬する超新星衝撃波の膨張速度を精密に計測することに成功したと発表した。
成果は、慶応大大学院 理工学研究科の指田朝郎氏(2012年度修士課程修了)、同・博士課程3年の松村真司氏、同・理工学部物理学科の岡朋治 准教授、同・田中邦彦助教、同・青野和也氏(2009年度学部卒業)、筑波大 数理物質系物理学域の永井誠助教、同・瀬田益道 講師らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、8月20日発行の米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載されるに先立ち、8月8日付けで同誌オンライン版に掲載された。
恒星は、その質量に応じて異なった進化をたどり、やがてはある程度の質量ごとに異なる最期を迎える。例えば我々の太陽の場合、約50億年の後に地球を飲み込むほどのサイズにまで徐々に膨張し、同時に自らを構成する物質を宇宙空間にまき散らしながら、最終的には白色矮星として静かな晩年を迎え、それも徐々に冷えていき暗い「黒色矮星」となるとされる。
しかし、それが太陽の8倍以上の質量(1太陽質量=1.99×1030kg)を持つ大型の恒星になると、また話は別だ。その恒星が属する銀河はもちろんのこと、別の銀河にまでその一瞬の輝きが伝わる「超新星爆発」というド派手な一花を咲かせて主系列星としての生涯を終えた後、中性子星やブラックホールとしての第2の星を歩むことになる(太陽の25~30倍ぐらいまでなら中性子星、それ以上になるとブラックホールになるというが、明確な境界線はなく、その条件ははっきりわかっていない)。超新星爆発は、周囲の宇宙空間に膨大なエネルギーをまき散らす、星の一生の内でも最大のイベントなのである。
超新星爆発による衝撃波は当然ながら猛烈であり、周囲にある星間物質の組成・物理状態に甚大な影響を及ぼしながら膨張し、星間空間に運動エネルギーを供給していく。そのため、この超新星衝撃波による運動エネルギー供給過程は、星間雲内部の乱流状態を維持する主要な源と考えられている(この衝撃波が新たな恒星を生み出すきっかけにもなる)。また、爆発的星形成(スターバースト)が起こっている銀河においては、しばしば円盤部から大量のガスが吹き出す「銀河風」が観測されるが、このエネルギー源もまた大量の超新星爆発と考えられているところだ。
このように、超新星爆発による星間空間への運動エネルギー供給は、星間現象および銀河進化において非常に重要な素過程であるにも関わらず、観測に基づいた高密度星間雲中における超新星衝撃波の膨張速度および運動エネルギーの定量的な評価はこれまで例がなかった。その理由は、主に超新星衝撃波の影響を受けた星間ガス、特に分子ガス成分の検出が空間的に狭い領域に限られていたことによっている。
研究チームはW44とそれに隣接する巨大分子雲の相互作用を調べる目的で、主に電波望遠鏡を用いた観測研究を1990年代後半から続けてきた。W44の超新星としてのタイプはスペクトルに水素の吸収線が見られるII型だ(I型は見られない)。なお、II型超新星は、8太陽質量以上の恒星が爆発したものだという。
W44の残骸としての年齢は6500年~2万5000年程度で、約30万太陽質量の巨大分子雲が付随している。当時から、W44分子雲のところどころに速度幅の広い分子スペクトル線が検出されており、超新星衝撃波の通過により加速されたガス成分と解釈されてきた。
今回研究チームは、国立天文台の「野辺山45m電波望遠鏡」および「ASTE10mサブミリ波望遠鏡」を用いて、W44全面の高感度イメージング観測を実施。観測するスペクトル線としては、高密度領域から放射される「ホルミルイオン(HCO+)」J=1-0回転遷移輝線(89.1885GHz)と、高温領域から放射される「一酸化炭素(CO)」J=3-2回転遷移輝線(345.795GHz)が採用された(画像1)。
画像1。超新星残骸W44方向の電波イメージ。(a):HCO+ J=1-0回転スペクトル線強度。(b):CO J=3-2回転スペクトル線強度。(c):CO J=1-0回転スペクトル線強度。(d):1.4GHz電波連続波強度。中心付近の十字は「超高速度成分」が検出された位置を示す |
観測の結果、天球面上でW44と分子雲が重なる領域全域において速度幅の広いスペクトル線が検出された。これらのスペクトル線の速度重心が計算され、その空間分布が調べられたところ、W44の中心から縁にかけて明確な速度勾配が見出されたのである(画像2)。これは衝撃波の影響を受けた分子ガス(ショックガス)の膨張運動と解釈でき、回転楕円体の一様膨張モデルでフィットしたところ、12.9±0.2km/秒の膨張速度が得られた。ショックガスの質量は、スペクトル線強度から(1.2±0.6)万太陽質量と評価される。
画像2。超新星残骸の中心からの距離と、スペクトル線のドップラー偏移から計算した視線方向速度の関係。(a):HCO+ J=1-0スペクトル線。(b):CO J=3-2スペクトル線、赤実線はモデルフィット結果を表す |
これらの値と、速度幅の増加に伴うエネルギー増分、そして中性水素原子ガスに渡されたエネルギーを加えて、超新星残骸から星間物質に渡された運動エネルギー総量は(1~3)×1050エルグ(1erg=10-7J)と評価された。この値は、太陽が10~30億年かけて放射するエネルギーに相当するという。これは超新星爆発の総エネルギー(~1051erg)の1-3割であり、過去に行われた理論計算による予測値(10%程度)と大きく矛盾しない結果となっている。
これに加えて、局所的に極めて大きな速度(>秒速100km)を持つ分子ガス成分も検出された。この成分は速度幅も極めて広く、W44分子雲の中心速度から連続的に続いている。この秒速100kmという速度は、水素分子が解離されない衝撃波速度の限界(秒速50km)を大きく上回っており、いわば「速度超過違反」といえる。この超高速度成分(画像3)が検出された位置には、スポット状の電波連続波源と「水素分子振動輝線放射源」が検出されており、局所的に特に強い衝撃波が存在することを示しているとした。
この超高速度成分の起源は現在のところまったく謎だとしている。解釈としては、W44超新星衝撃波の通過により、ここにある何らかの天体が活性化された可能性が考えられるという(画像4)。研究チームでは、この謎の成分の正体を調べるため、さらなる観測計画を進めているとした。
今回の研究によって、高温・高密度分子ガスの高感度な選択的イメージング観測から、超新星衝撃波の影響を受けた分子ガス成分の分布・運動を掌握する手法が示された形だ。これから高密度星間雲中の超新星衝撃波の膨張速度が計測されると共に、超新星爆発が星間物質に与える運動エネルギーの評価が可能になるという。
また、これによって超新星衝撃波の理論モデルと観測結果との直接比較が可能になった点も大きい。いい換えれば、これまで観測事実による裏付けがないまま採用されてきた超新星爆発の運動エネルギー変換効率(約10%)の妥当性を検討し、さらには超新星爆発の総エネルギーを直接測定する可能性が開かれたことになるという。さらに同手法により、今回の「超高速度成分」のような予想外の発見も今後さらに期待され、未知の天体研究の端緒が開かれたといえるとした。