東京大学 大気海洋研究所(AORI)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、情報・システム研究機構 国立極地研究所(極地研)は8月8日、コロンビア大学、スイス連邦工科大学(ETH)との共同研究により、最新の氷床-気候モデルを用いたシミュ レーションの結果、氷期-間氷期が10万年周期で交代する大きな気候変動は、日射変化に対して気候システムが応答し、大気-氷床-地殻の相互作用によりもたらされたものであることを突き止めたと共同で発表した。

成果は、AORIの阿部彩子准教授、JAMSTEC 齋藤冬樹研究員、極地研の川村賢二准教授、コロンビア大のモーリーン・レイモ教授、ETHのハインツ・ブラッター教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、8月8日付けで英科学誌「Nature」に掲載された。

地球の極域の気候と南極大陸やグリーンランドに見られる大陸氷河(氷床)の変化は、現在進行している地球温暖化の重要な指標であると共に、海水準(静止している海面)を直接変動させる要因にもなっている。とりわけ、人類が進化してきたここ100万年間は、氷期と間氷期が交互に約10万年の周期で交代する「氷期-間氷期サイクル」であり、氷床量の変動は海水準変動(海面の高低変化)に換算して130mにも及ぶものであった。しかし、このような気候と氷床の大変動の周期と振幅をもたらすメカニズムはまだよくわかっていない。

この大変動の根本要因は、「ミランコビッチ理論」により夏の日射変動であると考えられている。実際、古気候データの統計学的解析からは、自転軸の傾きや北半球の夏における太陽と地球の距離といった、夏の日射量を決定する各要素の変動周期が氷期-間氷期サイクルと、密接に関わっていることが示されてきた。

しかし、日射強度そのものには約2万年と4万年の変動周期が主に見られ、氷期-間氷期サイクルの10万年周期が顕著に見られない。そのため、10万年周期の発現には気候システムの内部フィードバックメカニズムが働いていると考えられ、これまでさまざまなプロセスが提案されてきた。例えば、北半球氷床が十分大きくなると不安定になり、次の夏期日射の増大にともなって氷期終焉になるといったものである。

しかし、これまで用いられて来た簡単なモデルでは、観測で直接的に検証したり制約したりできる物理量や物理プロセスを扱うことができないので、肝心の気候変動メカニズムの実体は謎だった。さらに、氷床コアから得られている大気中の二酸化炭素(CO2)濃度の変動が氷期サイクルに先行しているようにみえることから、氷期サイクルの原因は炭素循環にあるとする、ミランコビッチ理論に反対する説も提案されてきたのである。

阿部准教授らは、種々の気候要因に対して地球システムが応答する際に起こるフィードバック効果については、あらかじめ大気大循環モデルを用いて見積もっておき、その結果と3次元氷床力学モデルを組み合わせることにより、大気-氷床-地殻間のフィードバックを考慮しながら氷床モデルを長期間積分することを可能にするという論文で、2012年度猿橋賞を受賞しており、今回の研究ではさらにその考えを発展させた。

過去40万年については、外的要因として必要な日射変動(ミランコビッチ・フォーシング)は天体理論から精密に計算でき、また、大気中のCO2濃度についても、南極ドームふじ氷床コアにより正確な年代が与えられたので、これらの気候強制力を正確に入力することが可能になった形だ。このようにして、氷床-大気間のフィードバック効果を考慮にいれた氷床-気候モデル「IcIES-MIROC」を過去40万年にわたって積分し、過去の氷床変動の再現実験を実施した上で、各種気候要因の役割を別個に調べるための感度実験が行われた。

その結果、10万年周期の氷床変動や、氷床拡大期における氷床量や地理的分布を再現することに成功。CO2濃度を一定に保ったり、地殻の変形速度を無限大と仮定したりした感度実験の結果からは、日射変化に対して大気-氷床-地殻の非線形的な相互作用が生じ、それが10万年周期を生み出しているという事実が突き止められた。大気中のCO2は、氷期-間氷期サイクルに伴って変動し、その振幅を増幅させる働きがあるが、CO2が主体的に10万年周期を生み出しているわけではないことも示唆された。

さらに、日射強度を一定に保ちながら20万年ずつ積分することを繰り返した結果、求めた日射強度に対する氷床の平衡応答解が、氷床の初期条件によって2通りに分かれ(すなわち多重応答)、その「ヒステリシス(履歴)構造」が北米とユーラシア大陸で大きく異なり、その差が10万年周期出現にとって決定的であることが発見されたというわけだ。なおヒステリシスとは、ある系の状態が、現在加えられた力や外的条件だけでなく、過去にどういう状態であったかということに依存するような場合のことをいう。

北米大陸はユーラシア大陸と対照的に、近日点の位置の変動周期(約2万年)ごとに氷床が大きく成長する。日射の最大強度を決定する離心率(約10万年周期)が最小に近づくにつれ、氷床成長は加速し、やがて氷床が極大サイズに達する仕組みだ。

しかし、大きく成長すればするほど氷床の末端は南下し、後退に必要な日射の増加は小さくて済む。この状態に達した後、離心率がふたたび増大を始め、夏の日射が強くなることで氷床の後退が始まる。急速で大規模な氷期終焉を招く原因は、大気-氷床-地殻にわたる非線形な相互作用にあるという。ひとたび氷床が後退を開始すると、深く沈み込んだ大陸地殻の応答の遅れのために、氷床表面の融解により低下した表面高度がなかなか復活せず、融解が一気に進むのだ(画像1~3・動画)。

2万年前の氷床分布(画像1(左))とその前後の氷床体積の時間変化(画像2(中))と氷床体積と日射量との関係(画像3(右))。日射を無限時間かけて変化させた場合のヒステリシス構造が赤と青の実線で描かれており、実際の日射変化にともなう動きが黒線と点で示されている。

動画
画像1~3のグラフと氷床の描かれた地図の動画。(c) AORI/JAMSTEC/極地研

氷期-間氷期サイクルが10万年周期で起こるのは最近100万年ほどで、それ以前には4万年周期で起きており、その振幅も小さかったことがわかっている。このような周期性や振幅の変化がなぜ起きたのかを調べ、地球の気候の性質の変化についてさらに理解を進める必要があるという。

特に、長期の温室効果ガス(CO2など)の変化と気候変化の実態を知るために、氷床コアや海底堆積物などから新しいデータを収集し、それとモデル計算とを組み合わせた研究を推進することが不可欠だとした。また、このような研究の発展を通じて、現在も存在している南極氷床やグリーンランド氷床について、その将来像を推定するために必要となるダイナミクスの理解を深めていくべきであるとしている。