京都大学は8月2日、ヒトとチンパンジーの視覚探索の能力を比較し、ヒトのようにチンパンジーも、遠近法によって描かれた2次元空間から奥行きを知覚し、「天井」よりも「地面」の上の色の違いをすばやく検出することを発見したと発表した。

成果は、京大 霊長類研究所の友永雅己准教授、同・比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門の伊村知子特定助教(現・新潟国際情報大学講師)らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間8月2日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

ヒトは、平面上に描かれた対象にも奥行きを感じることができる。例えば、画像1と2のような、画面の下から上に向かって徐々に小さくなるように複数の立方体が描かれている場合、同じ大きさの立方体が手前から奥に向かって並んでいるように解釈し、無意識の内に現実空間のような奥行きを感じるというわけだ。

さらに、このような平面の画像の中にある物を探す時にも、ヒトは、現実空間を探索する時と同じように、「地面」の奥行き方向に沿って注意を向けることが確かめられている。そのため、「天井」よりも「地面」の上の物の違いの方が、すばやく探索することが可能だ。

立方体の「上面」の色が違う条件(画像1(左))と立方体の「側面」の色が違う条件(画像2)

このように地面を優先的に探索する傾向のことを「地面優位性効果(ground dominance effect)」といい、この傾向はヒトのような地上性の動物にとって意味のある認知方略といえるかも知れないという。そこで研究チームが考えたのが、ヒトよりも樹上で過ごす時間の長いチンパンジーは、ヒトのように平面から遠近法を手がかりに奥行きを読み取り、「地面」の上の物をすばやく探索することができるか、という点だ。

今回の研究では、霊長類研究所の6個体のチンパンジーと10名の成人を対象に、「視覚探索」と呼ばれる課題が行われた。まず、コンピュータの2次元上の画面に、画像1と2の画像を提示。両画像の違いは、複数並んだ立方体の中に、1つだけ色の違う面を持ったものがあることだが、この立方体を選んでそれに指で触れると正解として、正解の立方体に触れるまでの時間が計測された(画像3)。

画像3。色の違う立方体を選択するアユムという名前のチンパンジー(写真提供:霊長類研究所)

続いて、2つの条件が設けられた。1つ目は、画像1のように立方体の「上面」の色が違う条件だ。この条件では、「地面」に沿った、「地面」と平行に見える面の中に違う色が現れる。2つ目は、画像2のように立方体の「側面」の色が違う条件だ。この条件では、「地面」には沿わない、別の方向に違う色が現れる。もし、「地面」に沿って注意が広がるのだとすれば、「地面」の方向に沿った色の違いをすばやく発見できるだろうという考察だ。つまり「上面」の色が違う条件の方が、「側面」の色が違う条件に比べ、発見の時間が短くなるだろうと推測されたのである。

まず5名を対象にこのテストが行われたところ、予想どおり、立方体の「上面」の色が違う条件で、「側面」の色が違う条件よりも正答するのが早かった。ヒトでは、「地面」に沿った面に対し、優先的に注意を向けることが明らかになったのである。次に、6個体のチンパンジーにもまったく同じテストが行われたところ、チンパンジーもヒトとよく似た結果を示すことが確認された。このことから、チンパンジーも、コンピュータのモニタ画面に提示された立方体の配置に3次元の奥行きを感じていること、そして、ヒトと同様にチンパンジーも、「地面」に沿った面の色の違いをより効率的に探索していることが示されたのである。

続いて考察されたのが、見上げる場合だ。画像1と2を180度回転させたものをモニタ画面に提示したのが、画像4と5である。こうすると、ヒトには複数の立方体が同一の「天井」の面に浮かんでいるように見えるはずだ。その中に1つだけ色の違う面を持った立方体が含まれており、それに触れれば正解である。

そして、最初の実験と同様に2つの条件が設けられた。1つ目は、立方体の「下面」の色が違う条件、つまり「天井」に沿った、「天井」と平行に見える面の中に違う色が現れる条件だ。2つ目は、立方体の「側面」の色が違う条件である。この2条件で、正解を発見するのにかかる時間が計測された。

立方体の「下面」の色が違う条件(画像4(左))と立方体の「側面」の色が違う条件(画像5)

その結果、「天井」のような上方の面に立方体を配置した場合には、ヒトでもチンパンジーでも、2つの条件間で時間に差がなかった。つまり、下方の「地面」の物を探索する場合とは異なり、上方の「天井」の物を探索する場合には、その面に沿った物の色の違いをより効率的に探索するという効果は見られなかったのである。

以上の2つの実験から、2つのことが明らかになった。1つ目は、これまで報告されてきたように、ヒトでは「地面」の上の物は「天井」にある物よりもすばやく見つけられるということ。2つ目は、チンパンジーもヒトと同様に、2次元の平面から奥行きを読み取ることができるだけでなく、「地面」上の物をよりすばやく見つけ出せるということだ。

ヒトに比べ、樹上性の傾向が強いチンパンジーも、ヒトと同じように「地面」の上の物体により注意を向けていたことから、地上を優先的に探索する能力は、少なくともヒトとチンパンジーの共通祖先において共有されている可能性が示唆された。今後、さらに樹上性や水生の動物とも比較することにより、生息環境と、地面優位性の探索に象徴されるような、環境の認識との関連を明らかにすることができるだろうとしている。