東京大学は8月7日、タンパク質「プログラニュリン」は、脳傷害部位に集積する活性化した脳修復を司る「ミクログリア細胞」における、生体分子の分解を司る細胞小器官「リソソーム」の過剰な生合成を、タンパク質キナーゼ複合体「mTORC1」の活性化を介して抑制することを明らかにし、またプログラニュリンは脳傷害時の神経損傷を軽減することも明らかにしたと発表した。

成果は、東大大学院 農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程の田中良法氏(日本学術振興会特別研究員)、同・松脇貴志助教、同・山内啓太郎准教授、同・西原眞杉教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、7月2日付けで「Neuroscience」に掲載済みだ。

プログラニュリンは細胞の増殖や腫瘍の形成、神経変性の抑制などに関与することが知られているタンパク質だ。西原教授らの研究チームはこれまで、プログラニュリンの脳における発現が性ホルモン「エストロゲン」に促進され、新生子の脳の性分化や成熟動物における神経新生に関与することを見出してきた。

また、最近ではプログラニュリンの発現が脳傷害後の活性化ミクログリアで増加し、リソソーム関連タンパク質ファミリーの「CD68」の過剰な発現を抑制することを明らかにしている。なお、同ファミリーに属するタンパク質群の発現の多くは転写因子「TFEB」が細胞質から核に移行し、DNAのTFEB結合領域である「CLEAR配列」に結合することにより、制御される仕組みだ。

TFEBはリソソームに局在する活性化したmTORC1によるリン酸化によって細胞質における局在が維持されているが、mTORC1の活性が低下するとTFEBは脱リン酸化し、核に移行することが知られている。近年、変異型プログラニュリン遺伝子のホモ接合では「神経セロイドリポフスチン症」を発症するなど、リソソームにおけるプログラニュリンの役割が示唆されているが、プログラニュリンとリソソーム生合成の関係は明らかになっていない。

そこで研究チームは今回、マウスの大脳皮質にステンレス針を刺入するという実験的な脳傷害モデルを用いて、脳傷害後の活性化ミクログリアでのリソソーム生合成におけるプログラニュリンの役割を調べることにした。その結果、研究チームが作成したプログラニュリン遺伝子欠損マウスでは、野生型よりもリソソームのマーカー「Lamp1」タンパク質の発現が活性化ミクログリアにおいて増加していることが確認されたのである(画像1・2)。

実験的脳傷害モデルにおけるLamp1の免疫染色像。野生型(画像1(左))と比べてプログラニュリン欠損マウス(画像2)ではリソソームの生合成が亢進している

傷害部位のリソソーム関連タンパク質群の遺伝子発現量もプログラニュリン欠損マウスで増加しており、プログラニュリンの欠損によって、ミクログリアにおけるリソソーム生合成が促進されることが示唆されるという。

そこで研究チームが次に調べたのが、リソソーム生合成を制御する経路とプログラニュリンの関連だ。すると、核に転写因子TFEBが局在する活性化ミクログリアの数はプログラニュリン欠損マウスで野生型マウスと比較して増加していることが判明。

さらに、転写因子TFEBの核移行を制御するmTORC1の活性の比較も行われ、プログラニュリン欠損マウスではmTORC1の活性が野生型マウスと比較して低下していることが確認された。また、プログラニュリン遺伝子のプロモータ領域にはTFEB結合領域であるCLEAR配列が存在すること、脳傷害部位ではプログラニュリンの多くがリソソームに局在することも明らかにされている。

一方で、プログラニュリン欠損マウスでは野生型と比較してリソソーム病で発現が増加することが知られている細胞傷害性因子の遺伝子発現も増加していることが確かめられた。さらに、脳傷害後の神経損傷を比較したところ、プログラニュリン欠損マウスでは野生型マウスと比較して神経損傷が亢進していることもわかったのである。

以上の結果から、(1)リソソームに局在するプログラニュリンはmTORC1を活性化することでTFEBの核移行を抑制し、脳傷害後の活性化ミクログリアにおけるリソソームの過剰な生合成を抑制すること、(2)リソソーム生合成時にはプログラニュリンの発現がさらに増強されること、(3)プログラニュリンはリソソーム生合成に関連して発現増加する細胞傷害性因子の発現を抑制することで脳傷害後の神経損傷を軽減していることが示唆されたというわけだ(画像3)。プログラニュリンの持つリソソーム生合成抑制作用が神経変性疾患の発症を抑制する1つの機序となっていることが考えられるとしている。

画像3。プログラニュリンのリソソーム生合成における役割