理化学研究所(理研)は8月7日、神経系に発現するタンパク質の分解を制御する因子の1つ「RINES」が、抗うつ薬や抗不安薬の標的の1つである酵素「モノアミンオキシダーゼ」の分解を促して、正常な情動行動を制御していることを発見したと発表した。

成果は、理研 脳科学総合研究センター 行動発達障害研究チームの樺山実幸研究員、同・有賀純チームリーダーらの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、8月7日付けで米科学誌「The Journal of Neuroscience」オンライン版に掲載される予定だ。

脳には数多くの神経伝達物質が存在しており、細胞間で情報のやり取りを行っている。神経伝達物質の内、「モノアミン」と呼ばれるグループにはよく聞くことの多いドーパミンやアドレナリン、さらには「ノルアドレナリン」、「セロトニン」、「ヒスタミン」などが含まれており、広範囲の脳の機能を調節する上で重要な役割を果たす。脳内におけるノルアドレナリンやセロトニンの量が適切に調整されることで、気分や情動が正常に保たれているというわけだ。

ノルアドレナリンやセロトニンのモノアミンを分解し、その量の調節を行っている酵素の1つが、ミトコンドリア外膜に局在し、モノアミンのアミノ基をアルデヒド基に酸化するモノアミン酸化酵素「モノアミンオキシダーゼ A(MAO-A)」だ(別の遺伝子にコードされる「MAO-B」もある)。

仮にMAO-Aが過剰にノルアドレナリンやセロトニンを分解してしまった場合に引き起こされるのが、うつ病や不安障害などだ。そのため、MAO-A阻害薬が、うつ病や不安障害などの治療に長年用いられてきた。また、過去に行われたヒトや実験動物による研究から、MAO-Aは薬の標的になるだけでなく、脳内における量が社会性や情動に関わることが示されている。

例えば、MAO-A量が少ないとヒトでは「ブルンナー症候群」のように攻撃性が高くなり、マウスでは社会的な接触が低下する傾向がある。逆に、MAO-A量が多いと抑うつ、前述したように不安の傾向が高くなるというわけだ。このように、社会性や情動に関わる行動と関連性のあるMAO-A量だが、そのMAO-A量を制御する分解機構についてはいまだにわかっていない。

多くの細胞内タンパク質は、合成と分解を常に繰り返して新陳代謝をしている。主な分解経路として、「ユビキチン・プロテアソーム系」がある。この系では、「E3ユビキチンリガーゼ」と呼ばれるタンパク質(ユビキチン転移酵素)が分解の標的となるタンパク質に目印となるユビキチンを結合させ、その目印を持ったタンパク質が細胞内の分解工場の1つである「プロテアソーム」に運ばれて、分解されるという仕組みだ。

従って、このシステムではE3ユビキチンリガーゼが標的タンパク質の認識に重要な役割を果たす。2008年に研究チームは、脳に発現する小胞体膜上のタンパク質「RINES」が、E3ユビキチンリガーゼとしての活性を示すことを発見した。RINESは、RINGフィンガーモチーフを持つE3ユビキチンリガーゼのことで、別名を「RNF180」という。

このRINESの役割を明らかにするため、RINES欠損マウスが作製されて研究が進められ、その結果、外見上は正常な同腹の野生型マウスとまったく同じだったが、その行動に異常があることが確認された。そして今回、RINESの機能と情動の関係性について詳しい検証に挑んだというわけだ。

研究チームは、まずRINES欠損マウスと野生型マウスに対して、いくつかの行動実験を実施。高架式十字迷路においては、野生型マウスは壁に囲われていないアームにも頻繁に出てくるが、RINES欠損マウスは囲われた場所に多くいる(開放アームにいる時間は野生型マウスの14%まで低下)。これは、野生型マウスに比べてRINES欠損マウスは、野生型マウスに比べて不安傾向が強いことが判明した(画像1)。

また、不快感をもたらす微弱な電気刺激や強制的な水泳によるストレスに対しての回避行動などの反応性が、RINES欠損マウスでは低下する、などの情動反応の異常が示されたのである。さらに、侵入者として、今まで会ったことのないマウスと一緒にしてやると、野生型マウスは新たなマウスから離れていることが多いが、RINES欠損マウスは侵入者に接触したり、においを嗅いだりと、社会的な接触や親和性が野生マウスの1.5倍ほどに増加することも確認された(画像2)。

画像1。野生型マウスとRINES欠損マウスの不安傾向の比較

画像2。野生型マウスとRINES欠損マウスの社会性の比較(薄青が侵入者のマウス)

これらの行動の異常から情動の変化が予想されたので、研究チームは次にRINES欠損マウスの脳の各部位で安静時と不快な刺激後にモノアミン量を調べることにした。その結果、不快な刺激後、ノルアドレナリンとセロトニンの両方の量が、脳幹にある神経核の「青斑核」で正常マウスより低くなることがわかった。青斑核は何らかの神経系の分岐点や中継点となっている神経細胞群のことで、ノルアドレナリン作動性神経細胞を多数含み、ストレスとパニックに対する生理学的反応に関与するなどの特徴がある。

続いて、青斑核ではMAO-Aの酵素活性が特に高いことから、青斑核のMAO-Aの定量が行われた。その結果、青斑核でMAO-Aの酵素活性が20%ほど高く、その量も増えていることが明らかになったのである。一方で、MAO-Aの産生過程についての検討も行われたが、その差は認められなかったという。MAO-A量の増加は、産生が増えているせいではないことがわかったのである。これらのことから、RINES欠損マウスでは、MAO-Aの分解が低下している可能性が考えられるとした。

さらに研究チームは、実際にRINESが直接MAO-Aの分解に関与するのかどうかを検討。その結果、培養細胞内でRINESはMAO-Aに結合して、ユビキチン化とタンパク質分解を促進することが確認された。また、RINES欠損マウスの青斑核から抽出したMAO-Aでは、ユビキチン化の程度が減少していることも判明。以上から、RINESがMAO-Aを標的としてその分解を促進することが明らかになったというわけだ(画像3)。

画像3。RINESの働き。RINESはMAO-Aをユビキチン化し、ユビキチン化されたMAO-Aはプロテアソームで分解される

さらに、RINES欠損マウスに表れた行動異常がMAO-Aの変化を反映しているのかどうかを検討するため、モノアミンオキシダーゼ阻害剤がRINES欠損マウスに投与され、情動行動異常におけるその影響の評価が行われた。その結果、RINES欠損マウスは正常マウスと異なった反応を示し、複数の行動評価項目で異常行動が改善。これらのことから、モノアミンオキシダーゼの量的な変化がRINES欠損マウスの行動異常に関係していることが確かめられたのである。

RINES欠損マウスで観察された不安の増強や社会的な接触の増加といった行動異常は、MAO-A量の低下と関連した症状(ヒトのブルンナー症候群など)と逆になる一方で、MAO-A過剰と関連した症状(不安症状)とは類似している(画像4)点に対し、研究チームは「興味深いこと」だという。今回の発見は、MAO-A量の制御機構の新たな一面を明らかにしたものであり、情動障害や「行為障害」の発症機構の理解に貢献するものとなりそうだ。なお、行為障害とは、反社会的、攻撃的あるいは反抗的な行動パターンが反復、持続することを特徴とし、年齢相応の社会規範や規則を大きく逸脱しているもののことをいう。

画像4。モノアミンオキシダーゼAタンパク質の量と精神疾患の関係

さらに、ヒトにおけるMAO-A量低下による攻撃性は、幼児期の虐待などにより、その症状が顕著に出ることも明らかになっている。そこで研究チームではRINES欠損マウスの若齢期における異常にも注目しているとした。

また、ヒトにおけるRINESの変異が不安または攻撃性などの社会性行動の多寡と関連があるかどうかを検討することも重要だという。今後、これらの点が解明されると、RINESを標的とした抗不安薬などの創薬の可能性を考える上で重要な知見になると期待できるとしている。