国立天文台は7月31日、すばる望遠鏡に新たに搭載された超広視野主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam(ハイパー・シュプリーム・カム:HSC)」が本格的な観測を開始し、撮影したアンドロメダ銀河(M31)の姿を公開した(画像1)。

画像1。HSCで撮影されたM31。g、r、iバンドの画像が青、緑、赤色に対応し、それぞれ10分積分(露出)によって撮影された。(c)HSC Project/国立天文台

M31は、日本やハワイなど北半球から見える銀河としては見かけの大きさが最大で、そのために従来の地上大望遠鏡ではその全体を一度にとらえることができなかった。今回、いよいよ稼働を開始したHSCは満月9個分の広さの天域を1度に撮影可能で、独自に開発された116個のCCD素子による計8億7000万画素を持った世界最高性能の超広視野カメラだ。高さ約3m、重量3tの超巨大デジタルカメラといってもいい。このHSCにより、すばる望遠鏡はM31のほぼ全体を1視野でとらえられるようになったのである。

この満月約9個分というHSCの視野がどれだけ広いかというのは、すばる望遠鏡に当初から搭載されていた前身の「Suprime-Cam(シュプリーム・カム)」と比較するとわかりやすい。Suprime-Camは満月よりやや広い視野しかなく、M31の一部ならシャープに撮影することはできていたが、何分割で撮影すればHSCと同じ視野の広さになるのか、という具合である。画像2を見ると一目瞭然で、同じM31を用いて視野の広さが比較されており(黄色い枠が過去にSuprime-Camで撮影された領域)、そのHSCの視野の圧倒的な広さがわかるはずだ。しかも、拡大すれば星ひとつひとつも細かく撮影されているのがわかり、この視野でこの精細さはまさに異次元の感覚である。左上は典型的な見かけの大きさの満月。

画像2。Suprime-Cam(左下、中央)と、HSC(右)によるM31の視野の比較。(c) 国立天文台

HSCは国立天文台が中心となり、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリ IPMU)など国内外の研究機関と共に10年以上の歳月をかけて開発され、2012年8月に初めてすばる望遠鏡に搭載、これまで性能試験観測が進められてきた。M31はこの試験観測の一環として観測されたものである。

なお、HSCは視野が広くなった分、画質がSuprime-Camと比較して落ちているのかというとそんなことはなく、画像を拡大すると銀河内にある星の1つ1つも分離して写し出されていることを見ることが可能だ(動画)。この広い視野とシャープな星像こそが、すばる望遠鏡とHSCの組み合わせで実現される最大の特長というわけである。なお、昨年から続けられてきた一連の性能試験観測により、HSCの視野全体で設計通りの星像を達成していることが確認された。

すばる望遠鏡に搭載されたHSCが撮影したM31画像の紹介動画。(c) HSC Project/国立天文台

HSCには、複数の日本企業が開発された最新の技術が使われており、まさに日本の技術力の結晶といえるという。幅広い波長域にわたり非常に高い感度を有し、遠方天体観測に特段の威力を発揮するCCD素子は、浜松ホトニクスが国立天文台と共に開発したものだ。光学収差や大気分散を補正し、高い結像性能を達成するのに不可欠であった補正光学系は、キヤノンによって開発された。重さ数トンのHSC全体を1-2μmの位置精度で制御しながら望遠鏡上で安定した観測姿勢を保持するための機械部品である主焦点ユニットは、三菱電機が担当。どれ1つ欠けてもHSCの開発はなし得なかったという。また、データ収集用電子回路は高エネルギー加速器研究機構によって開発された。さらに米国・プリンストン大学が画像データ解析用ソフトウェアの開発を、台湾・中央研究院がフィルター交換装置の開発を担当するなど、国際的なプロジェクトとしても行われたのであるいる。

今後、すばる望遠鏡とHSCの組み合わせで達成されるシャープな星像と広視野を活かし、国立天文台とカブリIPMUが中心となって、国内外の研究機関と共に重力レンズ効果を用いたダークマター分布の直接探査などの観測を進める予定とした。

画像3。すばる望遠鏡に搭載され、性能試験観測が行われているHSC。プレアデス星団(すばる)が見えている。(c) 国立天文台、撮影:藤原英明

画像4。HSCが搭載されるすばる望遠鏡主焦点(左)と主要な部分の組み上げが完了したHSCの全体像(右)。c) 国立天文台