理化学研究所(理研)は7月29日、群馬大学、慶應義塾大学、日本医科大学との共同研究により、主に喫煙によって発症する「ヒト慢性閉塞性肺疾患(COPD)」の増悪患者の症状を模倣したマウスを非常に簡便な方法で作製することに成功したと発表した。

成果は、理研 グローバル研究クラスタ 理研-マックスプランク連携研究センター システム糖鎖生物学研究チーム 疾患糖鎖研究チームの谷口直之チームリーダー、同・小林聡研究員、同・藤縄玲子テクニカルスタッフらの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間7月3日付けで米呼吸器雑誌「American Journal of Respiratory Cell and Molecular Biology」に掲載された。

COPDは喫煙などにより発症する疾患で、肺でガス交換を行う肺胞の壁が破壊される「肺気腫」や、空気の通り道である気管や両肺の分岐部分の気管支で引き起こされる炎症などを含む慢性的な呼吸器疾患の1種だ。初期は無症状だが、進行すると息切れや痰が増えてくる。COPDになると肺炎などの感染症を起こしやすく、重症化しやすくなるという特徴を持つ。そしてCOPDの発症による死亡者は、世界中で年間300万人以上が数えられており、今後10年でさらに増加すると予測されており、対策が必要な状況だ(出典:WHO Fact sheet N°315)。

COPDのそうした症状は、白血球の1種である好中球、リンパ球などの免疫細胞成分の集積や、タンパク質分解酵素、サイトカインなどの産生異常が原因となり現れる。免疫機能に障害が起こるため、COPD患者ではバクテリアやウイルス感染による「増悪」がしばしば引き起こされ、増悪を繰り返すことで病状が悪化し、死亡率も高まっていく。しかし、詳細な増悪のメカニズムはいまだに不明な部分が多いため、メカニズム解明には増悪を模倣するモデル動物が不可欠だった。そこで、研究チームは簡便な増悪モデルマウスの作製を目指したというわけである。

タンパク質分解酵素「エラスターゼ」をマウスの気管内にスプレーすると、約3週間後にCOPDの主な症状である「肺気腫」が形成され、「気腫モデルマウス」を作製することが可能だ。研究チームは、この気腫モデルマウスに毒素の1種である「リポ多糖」を1回投与するという簡便な方法で「増悪モデルマウス」を作製することに成功した(画像1)。また比較として、エラスターゼもリポ多糖も投与していないマウス(コントロール)にリポ多糖だけを投与した「炎症モデルマウス」も作製された。なおリポ多糖とは、大腸菌などの「グラム陰性細菌」の細胞壁外膜に存在し、脂質や多糖からなる毒素の1種だ。生体に作用するとさまざまな毒性を発揮するという特徴を持つ。

画像1。増悪モデルマウスの作製手順

炎症モデルマウスでは、リポ多糖投与1日後に肺に炎症細胞が集積していたのに対し、増悪モデルマウスではリポ多糖投与3日後にほかのマウス群よりも強い集積のピークが示された。また、研究チームが炎症モデルマウスと増悪モデルマウスで肺に集積した炎症細胞を詳しく調べたところ、増悪モデルマウスでは細胞を傷害する能力を持った「CD8」陽性のTリンパ球が劇的に増加していることが判明(画像2・3)。CD8とは、「細胞傷害性Tリンパ球」の表面にある糖タンパク質のことである。この分子を持つTリンパ球は、異物だと認識した細胞(感染やがん化した細胞など)を破壊する仕組みだ(通常Tリンパ球は、CD8かCD4のどちらかの分子を細胞表面に持つ)。

さらに、COPDの増悪に関係するといわれている「マトリックスメタロプロテアーゼ-9(MMP-9)」の活性が増加していることも確認された。MMP-9とは、細胞の表面や外側の構成成分であるコラーゲンなどのタンパク質を分解する酵素のことだ。COPDにおいては活性が上がるといわれていた。

リポ多糖投与3日後に肺へ集積した細胞の解析結果。増悪モデルマウスではリポ多糖を投与してから3日後に肺へ集積する炎症細胞が、ほかに比べて最も多く(画像2(左))、中でもCD8陽性Tリンパ球の数は炎症モデルマウスに比べ増加していた(画像3)。Reprinted with permission of the American Thoracic Society. (c) 2013 American Thoracic Society.

次に、CTで気腫の様子に対する長期観察が行われた。その結果、増悪モデルマウスでは気腫モデルマウスに比べ気腫化が進行していたことが初めてわかったのである。また、その気腫部分を3Dイメージで再構築することで、視覚的にも増悪の進行具合を比較することに成功した形だ。画像4が、エラスターゼ投与3週間後、12週間後の気腫モデルマウスと増悪モデルマウスの肺。黄色が気腫化部分、数値は気腫の程度を示している。

画像4。エラスターゼ投与3週間後、12週間後の気腫モデルマウスと増悪モデルマウスの肺。Reprinted with permission of the American Thoracic Society. (c) 2013 American Thoracic Society.

今回、作製した増悪モデルマウスはヒトCOPDの増悪患者の症状を模倣しているため、増悪のメカニズム解明や治療薬・予防薬の開発に有用であると考えられるとしている。