物質・材料研究機構(NIMS)と北海道大学(北大)、仏ツルーズ大学は7月29日、半導体量子ドットを独自手法で改良し、ドットの形を等方的にすることで、高性能を有する量子もつれ光子源を開発したと発表した。
同成果は、NIMS 先端フォトニクス材料ユニットの黒田隆主幹研究員、間野高明主任研究員らによるもの。詳細は米国の学術誌「Physical Review B」速報欄に掲載され、Editor's Suggestion(注目論文)に選ばれた。
量子情報通信は、情報の秘匿性が完全に保証される次世代光通信技術であり、研究が進められているが、現段階では光ファイバの損失によって、数十kmの通信距離が限界だった。今後、実用化するには光信号を中継し、通信距離を飛躍的に延ばす量子中継器の開発が必須とされている。そこで、量子もつれ光子対(もつれ光子対)用光源の開発が注目されている。
これまでの小規模な実験では、もつれ光子対を発生するために非線形光学結晶を使ってきた。この場合、ランダムなタイミングで光子が発生するため、通信システムに実装するには、特殊な同期回路(量子メモリ)を開発する必要があり、製品化の妨げになっていた。一方、量子ドットを用いると、オンデマンドで光子対を発生でき、システム化への展開が極めて容易になるという。
量子ドットを用いてもつれ光子対を発生するには、ドットの形状が自然界の原子と同じく、等方的であること求められるが、実際の量子ドットは、自己形成手法で作るために、楕円的な形になる。そのため、これまでは量子ドットに強い電場や磁場を加えて、等方的な性質を回復してきた。しかし、素子が大がかりになり、さらに個々の(形の異なる)量子ドットに応じて外場を変えねばならず、汎用性がなかった。
今回の研究では、試料の成長方法を見直し、等方的な量ドットを制御性よく実現して、外部制御なしで、世界最高値のもつれあい度の観測に成功した。量子ドットの創製には、NIMSが独自に開発した液滴エピタキシー法を用いた。量子ドットの成長基板として通常用いる(100)面のGaAsではなく、(111)A面のGaAsを適用する。(111)A面の原子の配列は、正三角形のユニットから構成される。このため、量子ドットの形状も正三角形に近くなり、等方的な性質を持つと予測した。実際に作製したGaAs量子ドットから発する蛍光信号を解析すると、忠実度が86(±2)%のもつれ光子対になることを見出した。さらに、量子もつれの厳密な評価基準である、ベルの不等式の破れを、雑音レベルの5倍以上の大きさで観測した。いずれの値も、過去の報告値を凌駕するものだった。これまでの光源では、ポストセレクションと呼ぶ信号選別を経て、量子もつれの特性を得ていた。今回の光源は、付加的な選別を用いることなく優れた特性を示しているため、直接、量子通信システムへの実装が可能であるとしている。
今回の成果は、空想の技術と思われがちな量子通信技術を、ものづくりの技術で実現した画期的な成果であるとしている。今回開発したもつれ光子源は、波長が700nm前後であり、輸送体などを対象とする自由空間の量子情報伝送に適している。一方、通信インフラに実装するには、石英ファイバの最大透過帯である波長1.55μmが重要となる。液滴エピタキシー法は、材料種を問わず量子ドットの作製が可能であり、今後、通信波帯域でのオンデマンドもつれ光子源の開発を進めていくとコメントしている。