大阪大学(阪大)、日本大学(日大)、科学技術振興機構(JST)の3者は7月30日、マウス胚性幹細胞(ES細胞)を用いた解析と計算構造生物学の手法を使い、動物細胞核へのタンパク質輸送を担う輸送受容体「importinα2(インポーティンアルファ)」がほ乳類のES細胞における未分化性を維持する機構の一端を明らかにしたと共同で発表した。

成果は、阪大 生命機能研究科および医学系研究科の米田悦啓兼任教授(現・阪大名誉教授兼医薬基盤研究所理事長)、同・安原徳子特任研究員、日大 文理学部 物理生命システム科学科の金子寛生教授、同・山岸良介研究員らの共同研究チームによるもの。研究はJSTの戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作成・制御等の医療基盤技術」の研究課題「人工染色体を用いた新たな細胞リプログラミング技術開発」の一環として行われ、詳細な内容は米国東部時間7月29日付けで「Developmental Cell」オンライン速報版に掲載され、後ほど印刷版にも掲載される予定だ。

importinαとは、「ポリオーマウイルス腫瘍抗原」を細胞質から核膜を貫通する穴を通して核内に運搬する最初の輸送因子だ。importinαは基質と「importinβ」間のアダプターとして働き、基質/importinα/importinβという3者の複合体を形成して、基質を核内へ輸送する仕組みである。なお、真核細胞の核は核膜により覆われているため、大きな分子の核内外への移行は自由には行えず、タンパク質などの機能性分子の多くは、エネルギーと輸送受容体を必要とする選択的な輸送により核内外へ運ばれる形だ。

米田教授らはではこれまでに、核輸送受容体の1つであるimportinα2が未分化な細胞で高く発現し、細胞分化に伴って発現が低くなることを見出すと共に、importinα2の発現はES細胞の未分化性維持に必要であり、その発現低下は分化を誘導することを明らかにしていた。しかし、importinα2がどのように細胞の未分化性維持に関わるのかはまだわかっていない。

そこで今回の研究では、ES細胞を用いた解析から得られた情報を手掛かりに、コンピュータシミュレーションを用いた立体構造予測を実施。その結果、importinα2に未知の基質認識部位が存在することが発見された。画像1の左は、転写因子「Oct3/4」(ES細胞の未分化に寄与する転写因子で、iPS細胞作製時における山中ファクターの1つ)が、importinα2によって運ばれる時の既知の結合様式を表している。中央は、転写因子「Oct6」(ES細胞を神経細胞などへ分化させる転写因子)が、importinα2によって運ばれる時の結合様式を表し、今回新規に発見されたものだ。右は、結合している部分の構造を拡大表示したものである。

画像1。立体構造予測によるimportinα2とNLSの結合モデル

importinα2は未分化なES細胞に高く発現し、細胞の未分化性を維持する転写因子(Oct3/4など)を効率よく核へと運ぶ。この場合の結合部位は、importinα2に存在する既知の「核局在化シグナル(NLS)」認識部位(画像1左の結合様式)だ。なお、核で機能するタンパク質のほとんどは細胞質で作られ、アミノ酸配列の内部にある核に運ばれる目印となるNLSを介した輸送により核へ運ばれる。importinαは、このNLSの内塩基性アミノ酸を多く含む特定の配列を特異的に認識し、結合・輸送する機能を持つ。

一方、ES細胞の分化を促進する転写因子(Oct6など)は今回の研究で見つけた新たな核局在化シグナル認識部位に結合する(画像1右側の結合様式)。この状態では転写因子は核へと運ばれず、機能しない。このような核輸送の阻害活性により、importinα2はES細胞の未分化性を保つと考えられる(画像2)。

そして研究チームは、動物の培養細胞を用いて、importinα2がOct6の輸送を阻害することを突き止めた。薬剤処理により細胞膜を透過性にして核だけにした培養細胞に、それぞれの輸送因子とOct6を加えて輸送の様子を観察したのである。importinα1はOct6を核に輸送するが、importinα2は輸送しない。importinα1とimportinα2を同時に加えると、Oct6は核に入らなくなる。つまり、importinα1によるOct6の輸送が、importinα2により阻害されるというわけだ。(画像3)。核へとタンパク質を運ぶ受容体として知られていたimportinα2に、輸送を止めるというまったく逆の活性があったのである。

画像2。importinα2の基質認識様式と輸送

画像3。importinα2によるOct6の輸送阻害

また、野生型のimportinα2を恒常的に発現させたES細胞は、分化させても未分化性を維持することが判明。代わりに、Oct6結合部位にアミノ酸置換を加えた変異型importinα2では、分化への影響は見られなかった。従って、importinα2の輸送阻害活性により、ES細胞の未分化性が保たれることが明らかになったというわけである。

一方、未分化性維持に働く転写因子であるOct3/4は新たに見つかった基質認識部位ではなく、既知の基質認識部位に結合することで効率よく核へと運ばれる仕組みだ。つまり、importinα2は複数の基質認識部位を持ち、転写因子の種類によってその部位を使い分けることにより、核へと運ぶか否かを決定するのである。

importinαは多様な細胞分化に関わると考えられ、発生・分化研究領域の新たな展開が期待されるという。例えば、特定の転写因子の核輸送を制御するというまったく新規な方法により、iPS細胞を効率よく作製し、さらにそれを必要な細胞へ効率よく分化させるなど、再生医療分野への応用が考えられるとする。

また、新たに発見したimportinα2の基質結合領域は、わずか1アミノ酸の変異によりその能力を失うことも明らかになった。このことは、ごく限られた部分の構造に着目するだけで輸送の制御が行える可能性を示唆しており、幹細胞研究に利用可能な低分子化合物の開発につながることが期待されるとしている。