九州大学(九大)は7月19日、キイロショウジョウバエを用いて、タンパク質同士をのり付けする酵素「トランスグルタミナーゼ」が、腸内共生細菌の抗原に対して免疫応答する特定の情報伝達因子をのり付けして機能抑制することで、免疫寛容となっていることを明らかにしたと発表した。
成果は、九大大学院 理学研究院の川畑俊一郎主幹教授、同・高等教育院の柴田俊生助教らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間7月23日付けで米オンラインジャーナル「Science Signaling」に掲載された。
腸内の共生細菌は宿主の免疫反応から免れて増殖し、腸管の恒常性に寄与すると共に、ビタミンなどの必須栄養源の供給を行っている。ヒトの場合、多いと約500種、菌数でいうと計100兆個を超える共生細菌が常在し、キイロショウジョウバエでも10~50種、計500万個という具合だ。腸内の共生細菌叢(そう)は腸管の免疫系により管理されているが、共生細菌に対する宿主の免疫寛容の分子機構は、謎に包まれたままだった。共生細菌が何らかの方法で宿主の免疫をだましているのか、それとも宿主の免疫機構が共生細菌を見逃しているのか、そしてどういう仕組みなのかがわかっていなかったのである。
タンパク質分子ののり付け反応である「架橋反応」とは、タンパク質を構成している「リジン」と「グルタミン」という2種類のアミノ酸の側鎖を化学反応により結合(架橋)させることで、皮膚の形成や血液凝固など、生物にとって必須の反応だ。この架橋反応はトランスグルタミナーゼが触媒しており、同酵素はほ乳類から細菌に至るまでさまざまな生物に存在している必須の酵素である。研究チームは、遺伝子操作技術を用いてキイロショウジョウバエのトランスグルタミナーゼの機能解析を推進しており、今回の成果もその一環だ。
今回の研究ではまず、キイロショウジョウバエのトランスグルタミナーゼの機能を阻害するところからスタートした。すると、1箇月内でキイロショウジョウバエのほとんどが死んでしまったのである。詳細な解析の結果、トランスグルタミナーゼは、共生細菌の抗原に免疫応答する情報伝達因子をのり付けして不活性化することにより、宿主の免疫寛容性を誘導していることが判明した。ハエが1箇月で死んでしまった原因は、免疫寛容性を失った腸管から、過剰に作られた宿主の抗菌性タンパク質により共生細菌の多くが殺菌され、正常な腸内細菌叢のバランスを崩してしまったためであると推定されている。
キイロショウジョウバエを使った腸管免疫の研究は、ほ乳類と比べて腸内の細菌種が少ないこと、実験動物として取り扱いやすいことから、2008年頃より、にわかに研究推進の拍車がかかり始めた。腸管は口から感染してきた細菌と常に接しており、常時危険にさらされているため、免疫反応の最重要の場といっても過言ではない。しかし、腸管免疫の全貌はいまだにわかっておらず、特に腸内共生細菌の維持機構についてはほとんど未解明の分野だ。今回の「トランスグルタミナーゼが腸管免疫を調節している」という成果は、ほ乳類の腸管免疫研究においても新たな研究の引き金になることが期待されるとしている。