理化学研究所(理研)は7月24日、東京大学との共同研究により、細胞内の不要なタンパク質などを分解する自食機構である「オートファジー」が特定の糖鎖に対する効率のよい代謝に関与し、細胞小器官「リソソーム」の機能維持に重要な役割を果たしていることを明らかにしたと発表した。

成果は、理研 グローバル研究クラスタ 理研‐マックスプランク連携研究センター 糖鎖代謝学研究チームの鈴木匡 チームリーダー、同・清野淳一テクニカルスタッフ、東大大学院 医学系研究科の水島昇教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、近日中に米科学誌「The Journal of Biological Chemistry」に掲載される予定だ。

細胞を構成するタンパク質などの生体分子は、一定の時間がたつと古いものは分解されて次々と新しい分子に置き換わる。細胞内で不要となったタンパク質や脂質、損傷を受けた細胞小器官などを分解するための仕組みの1つとして用意されているのが、オートファジーだ。これは、酵母からヒトに至る真核生物に備わっている機構であり、自己成分を分解するため「自食作用」とも呼ばれる。

オートファジーは、細胞内での異常なタンパク質の蓄積を防いだり、タンパク質が過剰に合成されたり、環境の変化で細胞が飢餓状態になった時にタンパク質のリサイクルを行う。また、細胞質内に侵入した病原菌を排除することで生体の恒常性維持にも関与。さらに、がんや神経変性疾患といった疾患の病態にも深く関わるなど幅広い機能を有することが、近年の研究で明らかになってきた。

通常、オートファジーが起きるのは細胞が飢餓状態の時だが、正常時にももちろん起きる。これを「基底オートファジー」と呼び、細胞内のタンパク質の品質維持に重要であると考えられてきた。またオートファジーの経路は、まず細胞質にある分解されるべき生体分子が、隔離膜によって取り囲まれ、「オートファゴソーム」と呼ばれる構造物を形成する。そして、オートファゴソームは生体分子の分解を司る「リソソーム」と融合して「オートリソソーム」を形成し、最終的にリソソームによってオートファゴソーム内の糖タンパク質も含めた生体分子が分解・代謝される(画像1)。

画像1。オートファジー経路

一方、真核生物の細胞質には、タンパク質や脂質などと結合しない"遊離"状態の糖鎖(遊離糖鎖)が存在することが古くから知られている。糖鎖はタンパク質を初めとする生体分子に結合することで特定の機能を与えて、生体内の重要な生理機能を維持している存在だ。ただし、遊離糖鎖が生成、分解される分子メカニズムについてはまだ不明な点が数多く残されているのも事実である。そこで、研究チームは、糖鎖分解・代謝の関係性を突き止めるためにオートファジーに着目したというわけだ。

研究チームは、まずオートファゴソームの形成に必須の遺伝子Atg5を欠損したマウスの胚由来繊維芽細胞「Atg5-/-」を用いて、細胞質にどのような糖鎖が蓄積しているかを詳細に調べた。すると、「シアル酸」という糖を持つ遊離糖鎖「シアリルオリゴ糖」が顕著に蓄積していることがわかった。通常、シアリルオリゴ糖はリソソームで分解され、単糖になったシアル酸が細胞質へ放出されるので、シアリルオリゴ糖そのものは細胞質には蓄積しない。

また、別のオートファゴソーム形成に必要な遺伝子「Atg9a」を欠損したマウスの繊維芽細胞でも同様の現象が見出されたことから、Atg5-/-細胞におけるシアリルオリゴ糖の蓄積はAtg5タンパク質の機能不全によるものではなく、基底オートファジーの経路不全によることが示唆されたのである。

次に、Atg5の遺伝子発現を遮断して、いったんシアリルオリゴ糖を細胞質に蓄積させた後、Atg5の遺伝子発現を再開させてもシアリルオリゴ糖の速やかな減少は観察されなかった。これらの実験結果は、基底オートファジーが欠損すると、なぜかリソソームからシアリルオリゴ糖が漏れ出し、一度細胞質に蓄積したシアリルオリゴ糖は基底オートファジーでは分解されないことを示している。

そこで、シアル酸を細胞質に放出するリソソームの膜タンパク質「シアリン」に注目し、基底オートファジー欠損との関係性が調べられた。シアリンの遺伝子発現を抑制した細胞でAtg5の遺伝子発現を遮断すると、シアリンの発現を抑制しない通常細胞(コントロール)と比べてシアリルオリゴ糖の蓄積は顕著に減少した。つまり、基底オートファジー欠損下における細胞質のシアリルオリゴ糖の蓄積には、シアリンの存在が必要であることが示唆されたのである。

これらの結果から研究チームは、基底オートファジー経路が欠損するとシアリンの機能が変化し、シアル酸ではなくシアリルオリゴ糖を細胞質に放出する、というモデルを提起した(画像2)。

オートファジーのシアリルオリゴ糖の代謝における予想される役割。画像2(左):基底オートファジーが通常の状態では、膜上のシアル酸の輸送膜タンパク質であるシアリンの機能が厳密に制御されているため、シアリルオリゴ糖が細胞質に放出されない。画像3:オートファジーの機構に異常が生じるとシアリンの機能に変化が起き、本来放出されないはずのシアリルオリゴ糖が細胞質に放出されるようになる

今回の発見により、基底オートファジーがリソソームの機能そのものに関与することが明らかになった。最近、すい臓がんや前立腺がんなどのがん組織に、シアリルオリゴ糖が特異的に蓄積していることが報告されている。これは、シアリルオリゴ糖が、さまざまながん種の特異的なマーカーとして利用し得ることを示すと共に、オートファジーの機能不全がある種の細胞のがん化のメカニズムに密接に関与する可能性を示唆しているという。今後は、今回提唱した仮説を別の角度から検証し、基底オートファジー欠損下でおこるシアリルオリゴ糖蓄積の詳細な分子機構の解明を目指すとしている。