水産総合研究センター(FRA)、東京大学、九州大学(九大)および国立遺伝学研究所(NIG)の4者は7月19日、かずさDNA研究所の協力を得て、「太平洋クロマグロ」の全ゲノムを解読し、ほかの魚類とは異なり、青~緑色がよく見えるように視覚の遺伝子が進化しているという特徴を明らかにしたと発表した。
成果は、FRA中央水産研究所の中村洋路氏、同・斉藤憲治氏、同・馬久地みゆき氏、同・菅谷琢磨氏、同・重信裕弥氏、同・尾島信彦氏、同・藤原篤志氏、同・安池元重氏、同・大原一郎氏、同・佐野元彦氏(現:東京海洋大学所属)、水研センターの小林敬典氏、同・中島員洋氏、同・和田時夫氏、同・井上潔氏、九大の森一樹氏、同・牟田滋氏、同・Vishwajit Sur Chow dhury氏、同・田代康介氏、同・久原哲氏、東大の大島健志朗氏、同・服部正平氏、NIGの池尾一穂氏、同・五條堀孝氏、かずさDNA研究所の平川秀樹氏らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、6月18日付けで米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載済みだ。
クロマグロは遠洋性の回遊魚であり海洋生態系の頂点に位置する捕食者である。生態系における重要性と食用魚としての市場価値の高さにも関わらず、その外洋における生態には不明な点が残されていた。そこで研究チームは今回、クロマグロの全遺伝子情報を取得するため、「次世代型シーケンサー」を用いてゲノム塩基配列の解読に取り組んだ形だ。外洋域でクロマグロがエサとなる魚を捕まえるのに極めて重要な視覚に関する遺伝的な解析が試みられたのである。
その結果、延べ数にして推定ゲノムサイズ(約8億塩基対)の50倍以上に相当する配列が解読され、推定ゲノムサイズの9割以上に相当する約7億4000万塩基対の配列にまとめることに成功。再構成された1万6802本の「スキャフォルド配列」から、合計2万6433個の遺伝子の存在が予測され、それらの遺伝子の配列情報が得られたというわけである。
なお、スキャフォルド配列とはシーケンサーが出力した断片的なゲノム配列をコンピュータでつなぎ合わせて再構成したもののことだ。本来ならクロマグロの染色体数は1組24本なので、24本にまとめ上げられるはずだが、断片の数が膨大なためにそこまで完全にはつなぎ合わせられないため、1万6802本となっている。
合計2万6433個が予測される遺伝子の存在の中から、紫外光、可視光(赤、緑、青)、明暗を知覚するために必要な、「SWS1」、「M/LWS」、「RH2」、「SWS2」、「RH1」という5種類すべての「オプシン(視物質)遺伝子」が見出された。オプシンとは目の網膜で働く視物質のことで、およそ350個のアミノ酸がつながったタンパク質。網膜に光が届いた時、オプシンはその刺激を視神経に伝える役目を持っている。
そして研究チームは次に、これまでにゲノムの解析がなされたほかの魚種との比較を実施。まず光の明暗を知覚するRH1において、より短波長側(青色光寄り)を吸収できると考えられるアミノ酸置換が起きていることが確認されたのである。
また、クロマグロはこれまでゲノム解析が行われている魚類の中では最も多い5つの緑オプシン遺伝子(RH2)を持ち(画像1・2)、その内の4つにも短波長寄りの光吸収に関係すると思われるアミノ酸置換が起きていることがわかった。しかも、緑オプシン遺伝子は2つから5つに増えたものと推定される(画像3)。緑オプシン遺伝子数の増加により、クロマグロはより微妙な青~緑色の違いが認識できるようになったと考えられる。
画像1と2は、クロマグロおよびほかの魚種のゲノム上に存在する可視光感受性オプシン遺伝子。緑オプシン遺伝子(上)、青および赤オプシン遺伝子(下)。図中の遺伝子の色は吸収する可視光の色に対応し、向きは転写の方向を示す。同色のオプシン遺伝子であっても各オプシン遺伝子の吸収波長は微妙に異なるため、ロドプシン遺伝子数の増加により、より微妙な色の違いが認識できるようになると推定される。フグ類2種の黄緑色は、緑オプシンの機能を失った偽遺伝子だ。また、青色と赤色のオプシン遺伝子はゲノム上で隣り合って存在している。灰色の遺伝子はオプシンとは無関係の遺伝子だが、縦線で結ばれたものは各魚種で保存されている遺伝子同士であることを示している。
また画像3は、クロマグロの5つの緑オプシン遺伝子に推定進化シナリオ。両図とも上から下(現代)に年代が進行する。((1)の進化が生じたのは約2億年前と推定)。A/BはAとBの共通の祖先を、系統樹中の(1)-(3)の数字は、遺伝子の倍加が起こったことを示すものだ。(3)では2つの遺伝子が同時に倍加して4つになったと推定されている。点線の矢印は遺伝子変換(gene conversion)のイベントを示したもの。それぞれのイベントに対応する遺伝子構造の変化を図の右側に示している。各イベント(遺伝子重複:i,ii,iv、遺伝子変換:iii)に対して、起きた時期が推定されている(単位は百万年前=Mya)。
さらに、塩基配列を精査した結果、RH2に加えて青オプシンのSWS2には1000万~1億年前に遺伝子変換が起きた形跡があり、遺伝子によって翻訳されるタンパク質のアミノ酸配列が急速に変化した可能性が示唆された。
以上の結果をまとめると、クロマグロでは青色や緑色の光吸収に関する遺伝子に集中して進化的変化が起きており、この変化が、青や緑の微妙なコントラストを感知し、青色に富んだ海洋表層においてエサを効率的に発見することに貢献していると考えられたとしている。
こうした進化が起きた時期は、サバ科もしくはその下位のマグロ属魚類が出現した時期と重なっており、クロマグロとその仲間が青色に富んだ海洋の表層に適応するための分子レベルでの適応戦略の1つではないかと考えられるという。
今回の研究の成果は、魚食性魚であるクロマグロの行動特性に関する基礎的な知見を与えるものであり、養殖生産における飼育技術の改善にもつながることが期待されるとした。さらに、クロマグロの全ゲノムが解読されたことで、視覚以外の生物学的特性の把握や育種技術への活用が見込まれるとしている。