東北大学は7月9日、ガラス物質の局所構造を直接観察することに成功し、その形が非常に歪んだ20面体となっていることを明らかにし、またガラス構造の解析としては初めて数学的手法の「ホモロジー解析」を適応し、歪み方の似ている20面体がつながることで、ガラス構造に特徴的な不規則で密な構造を取っている可能性を示したと発表した。

成果は、東北大 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の陳明偉教授、同・平田秋彦准教授、同・小谷元子教授、東北大大学院 理学研究科の松江要助教らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、7月12日付けで米科学誌「Science」に掲載された。

ガラス物質は、原子が規則性を持たず非常に密に並んだ構造をしている。しかし、そのためにガラス物質の構造は今もってよくわかっておらず、その解明は、物質科学における長年にわたる問題だ。1952年に、ガラス物質の局所的な構造はエネルギーが低く安定な20面体である、という理論が提唱されて以来、多くの研究者によってガラス物質での20面体の重要性が示されてきた。しかし3次元空間を20面体構造のみで埋め尽くすのは不可能であることから、20面体の「幾何学的フラストレーション」の存在も指摘されている。

幾何学的フラストレーションとは、局所構造で最適な形状と全体的な構造にとっての最適な構造とが矛盾して、「どっちつかず」の状況のことをいう。例えば剛体球を詰めてランダム構造を作る際に、ある1つの原子の周りだけを考えると正20面体が最も安定であるが、前述したように正20面体だけでは3次元空間を埋め尽くすことはできない。つまり、全体として密な構造を作るためには、局所構造が正20面体を保つことは、隙間ができてしまうため不利になってしまうので、どっちを取るのか悩ましい状況が発生してしまうのである。

これまで金属ガラスを含むガラス構造の解析では、試料全体からの中性子あるいはX線回折を基に「動径分布関数」(X線回折などによって得られた回折強度に補正を加えてフーリエ変換することで得られる、の物質内でとある原子の周りの距離rにほかの原子が存在する確率を系全体で統計的に平均した関数のこと)を導くことによる、平均的な構造の議論しか行うことができず、局所構造の詳細な特徴を直接明らかにすることは極めて困難であるため、新たな実験的手法による解決が望まれていた。また、規則性を持たないことから理論的な解釈も難しく、新たな数学的視点の導入も必要だった。そこで今回は実験・理論・数学の研究者が連携し、この古くからのガラス構造の問題に挑んだというわけである。

今回の研究では、研究チームが開発した「オングストロームビーム電子線回折法」(画像1)を用いて、これまでの研究から20面体構造が多く含まれると予想されるジルコニウムと白金の金属ガラス「Zr80Pt20」中の極微小領域から、20面体構造に関する情報(電子回折パターン)の取得が行われた。

得られた電子回折パターンを、「分子動力学シミュレーション」(古典力学に基づいて原子の動的な構造のシミュレーションを行う手法)により得られた回析パターンと比較した結果、歪んだ20面体の5回軸、3回軸、および2回軸入射のものとよく一致することが判明(画像2)。また、歪んだ20面体以外にも、「面心立方構造」(単位格子の各頂点および各面の中心に原子が位置する結晶構造の1種)に類似したパターンも数多く観察されたのである。

画像1。オングストローム電子線プローブを用いた金属ガラス構造解析の模式図

画像2。金属ガラス中の20面体局所構造から得られた電子回折パターンとモデル構造から計算で得られた電子回折パターン

この面心立方構造に類似したパターンは、歪んだ20面体の5回軸からわずかに傾斜することによって得られることが明らかとなった。このように研究チームの実験からは、個々の局所構造の歪みを高い精度で理解することが可能だ。また電子状態計算から、このような歪んだ構造は、正20面体と面心立方構造、これら2つの稠密構造状態の競合により生じた幾何学的フラストレーションと関係しているものと考えられる(画像3)。

ガラス物質のような不規則構造を理解するには、何らかの方法で局所構造を特徴づける必要があることから、「ボンド配向秩序解析」を用いたところ、ほとんどの局所構造がこの正20面体と面心立方構造の中間的な特徴を持つことが示された。なおボンド配向秩序解析は、構造モデル中の各原子からどの方向に結合(ボンド)が形成されているのかを調べることができ、特に20面体配列とそのほかの結晶的配列を見分けるのに適している解析法だ。

画像3。正20面体、ガラス中の20面体、および面心立方構造(すべて13原子)の上面図と側面図

これらに加え、つなのみを扱える数学的手法のホモロジー解析を用いて物質全体の構造解析も行われた。この方法では、原子の大きさや構造タイプの違いによる除外し、金属結合半径を基準とした構造の歪み具合のみを抽出できるため、ガラス構造の歪みを調べるのに最適な手法といえる。その結果、20面体に代表される局所構造の歪み方が、広い範囲で同じような傾向を示していることがわかった。これは、局所的な20面体構造の歪みが、物質全体での稠密な無秩序構造形成と深い関わりがあることを示唆しているという。

ガラス構造を持つ物質は、金属ガラスのみならずさまざまな種類があり、窓ガラス、光ファイバ、光ディスク、電池などの実用材料としてすでに身の回りで当たり前のように利用されているが、これらのガラス構造の本質を理解するために、今回金属ガラスで用いた方法をそのまま利用することが可能だ。これによって、さまざまなガラス物質の構造と物性・特性の関係の詳細が明らかになることが期待されるという。

また今回の研究の特徴として、実験・理論・数学分野の研究者が相互に連携し、これまでにない成果を得ることに成功した点が挙げられる(画像4)。このような連携研究は、まだ萌芽段階のため、今後はより大きな成果が期待できるという。AIMRでは、今回の成果をプロトタイプとして、さまざまな融合研究に取り組んでおり、数学を取り入れることにより、科学の発展に貢献することができると考えているとしている。

画像4。今回の研究では、実験・理論・数学が連携し、ガラス構造の本質の理解に挑戦した