東京大学(東大)は、本来磁性を持たない物質である強相関電子系LaCoO3を薄膜化して歪みをかけることで生じる自発磁化が、電子の持つスピン・軌道の整列現象に起因すると発表した。

同成果は、東大大学院 工学系研究科の藤岡淳助教、十倉好紀教授らによるもの。詳細は米国科学誌「Physical Review Letters」に掲載された。

さまざまな物質をミクロで観察すると1022個程度の電子が漂っており、それが物質そのものの電気的・磁気的な性質を支配している。量子力学では、電子は波と粒子、双方の性質を併せ持つことが知られており、固体内では、電子間の相互作用が弱い場合では、電子は波として拡がった状態にあるが、電子間の相互作用が強くなると粒子としての性質が現れ、そうした電子間の相互作用が強い物質は「強相関電子系」と呼ばれ、電子の持つ内部自由度であるスピンや軌道の自由度が顕在化してくることが知られている。

また、磁石のように、内部自由度が秩序化して物質そのものの電気的・磁気的な性質が変化する場合がある。磁石は、電子スピンが一方向に秩序化することで磁化が生じるが、電子の電荷、スピン、軌道の自由度の秩序化を制御できれば、次世代素子としての活用が期待できるようになるため、これまで、その制御方法として、温度や電子の密度を変える方法が考案されてきた。しかし、ある種の物質群は、イオンのスピン状態の可変性を制御することで、秩序化が可能になると考えられてきたが、実際に電荷やスピン、軌道の秩序化を制御できたという報告はこれまでなかったという。

そこで研究グループは、スピン状態の制御によってスピン・軌道自由度の秩序化を引き起こして磁性を操ることを目的として、非磁性絶縁体であるペロブスカイト型LaCoO3に着目して研究を行った。

同物質の電気的・磁気的な性質は、3つのスピン状態(低スピン状態、中間スピン状態、高スピン状態)をとることが知られているCoイオンの3d電子が支配している。この系では、温度を変えるとスピン状態が移り変わることが知られており、低温では低スピン状態で系は非磁性状態、100K以上の温度領域では中間スピン状態または高スピン状態となり、系は常磁性状態となるが、近年の研究から、スピン状態の移り変わりは歪みによっても引き起こされることが分かってきたという。しかし、そうした現象をミクロな視点から系統的に調べた研究はなく、歪みによって誘起された磁化の起源は解明されていなかったことから、今回、薄膜における磁性や結晶構造を調査。

その結果、自発磁化が生じる温度(94K)より高い温度(126K)で磁化の温度依存性に異常が見られること、および結晶格子定数にも同じ温度で異常(結晶構造相転移)が生じることが分かった。

図1 強相関電子系LaCoO3におけるCoイオンのエネルギー準位図。黒線はCo 3d軌道のエネルギー準位、矢印は電子スピンの向きを表す

具体的には、結晶構造に元の結晶格子の4倍の周期に対応する変調が生じていることが観測されたほか、結晶構造相転移以下の温度領域においてさらに解析を実施したところ、入射光と異なる偏光成分が含まれていることが判明したほか、赤外分光による格子振動の観測から、同じ温度で格子振動のピークが分裂していく様子が観測されたという。

研究グループではこれらの事実から、この構造相転移は薄膜化した際の歪みによって誘起されたCo 3d電子の軌道が整列する現象(軌道秩序)によって生じていると結論付けたほか、軟X線領域における共鳴X線散乱の予備実験から、Co 3d電子スピンの磁気構造の周期も4倍周期に対応する構造となっていることを突き止め、この系が単純な強磁性体ではなくフェリ磁性体であることが示唆されたとも説明している。

図2 スピン・軌道秩序パターンの一例。矢印、ローブはそれぞれ電子のスピンと軌道、実線はCoの結晶格子を表す。単純な結晶格子にもかかわらず複雑なスピン・軌道秩序が生じたことは、スピン間の相互作用が複数種あってそれらが競合していることの表れであり、それらのバランスを歪みで操ることで磁性を自在に制御できる可能性を示唆している

なお、今回の成果は、磁性を持たない物質であってもスピン状態が可変の元素を含んでいる場合、わずかな結晶歪みにより磁性体へ転化させることができる可能性を示すものであり、今後、さらに研究を進めることで高感度歪みセンサなどの開発につながることが期待されると研究グループではコメントしている。