東北大学は7月10日、リチウムイオン電池の正極材料に使われるマンガン酸リチウム薄膜を合成する際、薄膜中のリチウムが欠損するメカニズムを数学的に解明したと発表した。

同成果は、同大 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)のダニエル・パックウッド助教、白木将講師、一杉太郎准教授らによるもの。詳細は、「Physical Review Letters」に掲載された。

今やさまざまな用途で用いられるようになってきたリチウムイオン2次電池だが、その出力や容量のさらなる向上のためには、正極と負極間のリチウムイオン伝導を高速にする必要があり、それに対応した材料開発が求められている。しかし、高速なイオン伝導を得るための設計指針は、まだ明確になっていないほか、大きいサイズの単結晶合成が難しい電池材料が多いため、エピタキシャル成長した薄膜を活用する研究が重要となっていた。

薄膜合成には、薄膜の元となる材料を高温で熱して気化させ、基板上でエピタキシャル成長させるのが一般的な手法で、中でも、酸化物は気化する温度が非常に高いため、レーザを照射して気化させて成膜するパルスレーザ堆積法が電池材料の薄膜合成にも利用されているが、コバルト酸リチウムやマンガン酸リチウムなどに代表される、リチウムを含んだ遷移金属酸化物の薄膜合成では、リチウムの欠損などといった成長メカニズムに不明な点が多く、その解明が求められていた。また、薄膜成長のシミュレーションには、乱数を用いたモンテカルロ法などがあるものの、計算に長時間を要するため、簡便かつ短時間で計算できる解析法やモデルの構築も求められていた。

図1 (左)パルスレーザー堆積法(薄膜合成装置)の概略図。(右)サファイア基板上で合成したマンガン酸リチウム薄膜(黒い部分は厚さ250nm)の写真。

そこで研究グループでは今回、マンガン酸リチウムの薄膜合成において、合成時に導入する酸素ガスの圧力と、薄膜中に含まれるリチウム原子とマンガン原子数の関係を調査したほか、リチウム原子、マンガン原子、酸素分子の質量および速度を考慮した衝突・散乱モデルを構築し、薄膜合成時の原子の振る舞いをシミュレーションして薄膜内に取り込まれる原子数比を計算した。

その結果、薄膜中のリチウム原子の欠損、および酸素の圧力が高くなるほどリチウム欠損量が多くなることを発見したほか、シミュレーション解析により、薄膜中のリチウム欠損は、質量の軽いリチウム原子が酸素分子との衝突によって散乱され、広範囲に拡散することが原因であることを明らかにし、高品質な薄膜合成には、例えば、マンガン酸リチウムの場合、薄膜中の原子数は、リチウム原子1個に対し、マンガン原子2個、酸素原子4個の比率が理想であり、リチウム量は多すぎても少なすぎても薄膜の品質低下に繋がるといったような、薄膜中のリチウム量や酸素圧力の調整などを行うことが重要となることを明らかにした。

図2 マンガン酸リチウム薄膜中のリチウム原子とマンガン原子数の比。導入する酸素ガスの圧力が高くなるとリチウム欠損量が多くなっている

図3 リチウム原子とマンガン原子が酸素分子と衝突し散乱する様子をシミュレーションしたもの。リチウム原子がより広範囲に拡散している

なお研究グループは、今回の発見である質量の異なる原子の振る舞いは、リチウムイオン電池材料だけでなく、その他の酸化物材料などの薄膜合成においても同様と見られ、新規デバイスの研究にも応用展開が期待できるとするほか、今回導出された数学モデルは、確率過程により、高エネルギーの原子が他の原子と衝突し、熱平衡状態に至る過程の解析が可能であるため、これまで主にボルツマン方程式が用いられてきた分野に対し、それに代わる新たなモデルとなることが期待されるとコメントしている。