性能面で最適化された圧縮技術を利用すれば、従来型のRAN(無線アクセス・ネットワーク)はもちろん、C-RANやスモールセル、あるいは両者を組み合わせた最新のネットワークにおいて、無線ユニットとベースバンド・ユニットとの間(フロントホール)の伝送容量を大幅に増やすことができます。
1. はじめに
スモールセルやC-RAN(Centralized Radio Access Network)、あるいは両者を組み合わせたアクセス・ネットワークの構想に対し、研究団体やデバイスのサプライヤ、OEM企業(Project C-RAN)からの注目が集まっています。
そうした最新のアーキテクチャを利用すれば、ネットワーク・リソースの共有やトラフィックのオフロード(負荷分散)、干渉の制御といった手法により、省エネ(低消費電力化)の面で多大な効果が得られると期待されているからです。ネットワークの設計者は、C-RANのコンセプトを採用することにより、さまざまなネットワーク・トポロジを構成することができます。特に、C-RANをベースとしてスモールセルのアーキテクチャをマクロセルやマイクロセルのネットワークと組み合わせて配備すれば、設備投資(CAPEX)と運用コスト(OPEX)を大幅に減らすことができ、エンドユーザーもそれによるメリットを享受することが可能になります。
2. リンクにおける要求条件、システム配備のシナリオ
ネットワーク容量を増大し、QoE(Quality of Experience:ユーザー体感品質)を向上させるためには、従来型、新規のいずれのアーキテクチャを使う場合でも、LTEとLTE-Advanced(LTE-A)の両プロトコルで求められる高いデータ・レートをサポートすることになるはずです。これらのプロトコルでは、PHY(物理)層やMAC(メディア・アクセス制御)層で利用されるさまざまな技術により、スペクトル効率が大きく高められています。
そうした技術には、キャリア・アグリゲーション(CA:Carrier Aggregation)、MIMO(Multiple Input Multiple Output)、多地点協調(CoMP:Coordinated Multi-Point)、干渉除去などがあります。特に、LTE-Aでは、20MHz幅のキャリアが最大5本までアグリゲーション(束ねる)されます。このCAとMIMOを組み合わせることにより、無線ユニットとベースバンド・ユニットの間(フロントホール:front-haul)の伝送速度は、100Gbpsのレベルまで高速化されるでしょう。量子化されたI/Qサンプルを利用することにより、受信機では、さまざまな種類の干渉除去やMIMOデコーディング、CoMPアルゴリズムを適用することが可能になり、ネットワークのS/N比が改善されます。
表1に、20MHz幅の5本のキャリア、3個のセクターを備えるLTE-Aシステムで、どのくらいのスループットが得られるのかを計算した結果を示しました。
表1:3セクターのセル構成を持つLTE-Aシステムにおけるスループット(計算結果の一例) | ||
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パラメータ | 条件 | 単位 |
セクター | 3 | - |
LTEキャリア | 5 | - |
帯域幅 | 100 | MHz |
MIMO | 2×2 | Tx-Rx |
I/Qサンプルのビット数 | 15 | bits |
プロトコル | LTE-A | - |
スループット | 13.8 | Gbps |
通信事業者は、フロントホール内でのデータ伝送に、既存のファイバやケーブルによる接続を利用するかもしれません。しかし、それらの代わりに無線リンクを使用してフロントホールを構成するという新たな手法も考えられます。実際にどのような方法でシステムを配備するかという判断は、通常、インフラストラクチャに関する制約に依存することになります。例えば、密集度が高い都市域では、新規にファイバ回線を敷設するのが困難であったり、敷設面積をあまり必要としない手法が必要になったりすることがあるでしょう。その場合には、無線リンクがより適切な手法となります。一方、すでにファイバ・リンクが提供されている地域であれば、事業者は既存のインフラを活用しようとするはずです。
どのような配備方法を採用するかは別として、機器のサプライヤには、通信事業者が、大容量化を図ったシステムに円滑に移行できるよう、コスト効率と電力効率に優れるソリューションを提供することが求められます。通常、そのような効率的なソリューションを実現するには、フロントホールのネットワークにおいて、低コストの光コネクタを利用したり、リンク数を削減したり、スペクトル効率の向上を図ったりすることが必要になります。
このような合理化を実現するための方策の1つが、データ圧縮を利用することです。例えば、C-RAN/スモールセル・ネットワークのフロントホールに2:1の圧縮を適用したとします。その場合、2.5Gbpsまでしかサポートしていない光コネクタを使用したままで、実質的には4.9152Gbpsのデータ・レートを達成することができます。低いデータ・レートしかサポートしていない光コネクタを使用でき、リンク数も少なくて済むことから、コストと消費電力の両方を削減できることになります。また、そのような構成では、2×2のMIMO、2個のLTEコンポーネント・キャリア(一方が10MHz幅で、もう一方が20MHz幅)で構成される最大3個のセクターに対して、15ビットのI/Qサンプルを容易に伝送することが可能です。その結果、量子化されたI/Qサンプルを利用する高度な干渉除去や負荷管理の技術を適用することができ、システム・レベルで無線アクセス・ネットワークのコストと消費電力を削減することが可能になります。図1に、C-RAN/スモールセルをベースとし、I2Q圧縮を適用したシステムのアーキテクチャの一例を示しました。
図1 従来型のRAN、C-RAN/スモールセルにI2Q圧縮を適用したシステムのアーキテクチャ |
3. 性能についての要求
無線プロトコルでは、スペクトル効率を改善するとともに、ネットワークのQoEを必要なレベルで確保するために、EVM(エラー・ベクトル振幅)などを指標とする信号品質を一定のレベルに維持することが求められます。その一方で、EVMについての要件は変調方式に依存して異なる可能性があります。表2に、LTE-Aにおいて各種変調方式に対するEVMの要求値がどのようになっているのかをまとめました。W-CDMAやGSMなどの無線プロトコルにも、同様の要求値が存在します。
表2:LTE-Aにおける各種変調方式に対するEVMの要求値(3GPP規格TS 36.104 6.5.2節) | |
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変調方式 | EVMの要求値(%) |
QPSK | 17.5% |
16-QAM | 12.5% |
64-QAM | 8% |
4. 性能の実例
優れたQoEを得るためには、フロントホールのネットワークに使用する圧縮技術が、そのネットワークの無線プロトコルで規定されているEVMの要求値を満足するものである必要があります。また、その圧縮技術は、通信事業者によってスループットが高められたネットワークにおいて、系全体としてのEVM性能が達成されるよう、信号チェーン上にある各モジュールの性能に対して十分なマージンを有していなければなりません。図2は、3GPPのE-TM3.1で規定された下り信号スペクトルと、I2Q圧縮技術を適用した後のEVM性能を表しています。
この例から、20MHz幅のLTE-A信号が2:1の圧縮比で圧縮/伸張された場合、そのEVMは1%(RMS値)以下になることがわかります。つまり、この圧縮技術の場合、信号チェーン上にある後段のモジュールに対し、系全体に求められるEVMの要求値を満足するのに十分なレベルでマージンを有しているということです。
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図2:20MHz幅のLTE-A下り信号のスペクトル分布と、2:1の圧縮/伸張を適用した場合のEVM性能 |
5. まとめ
現在、多くの団体や通信事業者は、従来型/新規の無線アクセス・ネットワークを大容量のシステムに滑らかに移行させるために、さまざまな圧縮技術について検討しています。そうした無線ネットワークに適用可能なのは、優れたEVM性能が得られることに加え、信号チェーン上の各種モジュールに対して十分なマージンを確保し得るデータ圧縮技術です。I/Qサンプルに対して圧縮技術を適用するソリューションを採用すれば、システム設計者やOEM企業は、C-RAN/スモールセルを利用する新たなネットワークに対し、高度な信号処理技術やネットワーク・リソースの共有技術を適用することができます。その結果、システムの性能を最適化することが可能になります。
著者プロフィール
Mohammad Akhter
IDT(Integrated Device Technology)
Principal Architect