理化学研究所(理研)と東京大学、青山学院大学、高輝度光科学研究センターは6月27日、放射光X線を利用してキラル物質の内部結晶組織をミクロンレベルで可視化する技術を開発したと発表した。

成果は、理研 放射光科学総合研究センター 量子秩序研究グループ スピン秩序研究チーム 大隅寛幸専任研究員、高田昌樹グループディレクター、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 有馬孝尚教授(スピン秩序チーム チームリーダー)、青山学院大学 理工学研究科 高阪勇輔研究支援者、秋光純教授らによるもの。詳細はドイツの科学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。

キラル物質には、原子配列や分子の形が互いに鏡像の関係にある右利き、左利きの双子が存在する。キラル物質を合成すると、特別な準備をしない限り右利き、左利きは均等に生成される。キラル物質の右利きと左利きは、密度や沸点といった物理的性質が同じであるため、利き手を識別(キラル識別)するのにも特別な工夫が必要となる。この利き手は、人間の体に必須な様々な糖やアミノ酸にも存在する。しかし、生物に含まれる糖やアミノ酸は、片方の利き手しか持たない。この謎は生命ホモキラリティーと呼ばれ、未だ解明されていない。

一方、薬として効能のある化合物にも利き手がある。もし、反対の利き手を利用すると、毒となり、人体に悪影響を及ぼしてしまう例があるため、生体にとって利き手の違いを見極めることは非常に重要となっている。医薬品や食品添加物の用途では、有用な利き手だけを分離精製する必要があるが、分離精製に使用する試薬やフィルタもキラル物質であり、有用な利き手を連鎖させる必要があるので、多大な手間とコストがかかるという課題がある。このため、うまく条件を整えて利き手が揃った純良結晶を育成することができれば、分離抽出にかかる手間とコストが大幅に低減できると期待されている。しかし、水溶液中に含まれるキラル物質の利き手の割合を調べる従来の方法では、結晶内部のどの部分が右利きで、どの部分が左利きかを知ることができず、結晶成長機構の理解も進んでいなかった。また、最近はキラル電子材料の可能性が注目され始めており、金属や半導体のキラル識別や、純良結晶育成技術の重要性が今後増すと見られる。

図1 一般的なキラル識別法。水溶液に光を透過させ偏光面がどれだけ回転したかを測定することで、水溶液中に存在するキラル物質の利き手の割合を評価できる。ただし、水溶液にするとキラリティーが失われてしまう物質や光を透過しない固体物質には適用できない。また、透明で光が透過できても、固体状態になると別の要因(線二色性と線複屈折)が偏光面を大きく変化させてしまうので、偏光面の回転角からキラル物質の利き手の割合を評価することは大変難しいと言われている

研究グループは今回、キラル物質の内部結晶組織を観察するために、X線の物質を透過する能力とキラルな円偏光状態に着目。X線を利用したキラル識別では、これまで異常分散を利用した原子配列の評価が行われていたが、試料の内部組織を観察することはできなかった。今回の研究では、X線を照射する範囲を制限することにより空間分解能を高め、左右円偏光で異なるX線反射率を測定することにより、簡便にキラル識別することを試みた。

具体的には、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL39XUにおいて、集光された円偏光X線をプローブとする走査型顕微鏡を構成し、キラル磁性体である三塩化セシウム銅(CsCuCl3)結晶中にある利き手の組織形態を観察することで、3次元かつミクロンレベルで可視化することに成功した。深さ方向の情報は、X線の侵入深さを変えた測定を繰り返すことで得ることができる。これにより、観察された組織形態の特徴から、この物質の利き手がそろった純良結晶を析出(自然分晶)させる指針が得られた。キラル物質の組織形態を直接観察できたのは初めてだという。

図2 今回開発された走査型X線顕微鏡。直線偏光した高輝度X線を1/4波長板で円偏光に変換後、カークパトリック-バエズ(K-B)ミラーでミクロンレベルまで集光する。生成された円偏光X線マイクロビームで試料を走査し、キラル物質の内部結晶組織を拡大観察することができる

すでに、キラル物質を作り分ける不斉合成が数多く実用化されているが、自然分晶による分離・精製が実現できれば、製造コストの低減が期待できる。一方、イオン性物質などの結晶成長時にキラリティーを獲得する物質は、自然分晶によってのみ分離・精製が実現する。キラリティーが存在する環境下では、電子の持つ電荷とスピンの自由度が結合するため、キラリティーを持つ金属や半導体は、スキルミオンを活用するスピントロニクスデバイスの材料として大きな可能性を持っていると研究グループでは説明するほか、生命ホモキラリティーの起源に自然分晶が関わっているとする学説もあることから、今回の成果により、学術的にも産業的にも重要な自然分晶機構の解明に道が開けることが期待されるとコメントしている。