物質・材料研究機構(NIMS)は6月26日、室温を超える高温でもゼロ抵抗電流を運ぶことが可能な物質の設計に成功したと発表した。この物質は大きなスピン軌道相互作用を持ち、スピン偏極したエッジ量子状態に特徴づけられる新しいトポロジカル状態を示す。スピン偏極は電場調整で制御でき、スピントロニクスにも役立つという。
同成果は、同所 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA) 古月暁主任研究者、梁奇鋒MANAリサーチアソシエート、呉龍華NIMSジュニア研究員らによるもの。詳細は、英国の物理学協会論文誌「New Journal of Physics」のオンライン版に掲載された。
現代のエレクトロニクスをけん引してきた半導体技術はプロセスの微細化が物理的限界に近づきつつあり、さらなる高性能化、低消費電力化の実現には新たなコンセプトが求められるようになっている。トポロジカル絶縁体と呼ばれる量子状態は、スピン軌道相互作用が重要な役割を果たし、電子の波動関数は普通の半導体とは異なるトポロジカルな性質を示し、サンプルのバルク部分は絶縁体として振る舞うが、サンプルのエッジに量子化された状態が現れ、抵抗のない電流を運ぶことができることから、次世代技術としてブレイクスルーをもたらす可能性があると期待されている。
そのため、この量子状態を示す新規物質の探索が、物性物理と物質科学の新しいフロンティアになっているが、これまでの研究からは極低温でしか実現されていなかったほか、エッジ電流の中で上向きと下向きのスピンを持つ電子が混在して、そのままではスピントロニクスに応用できないという課題があった。
今回、研究グループが着目したのは、六角形の蜂の巣構造を持つ層状物質。六角形は正方形や三角形と同じように繰り返して配置することで平面を埋め尽くすことができるが、実は結晶学的にユニークな性質を持つという。具体的には、蜂の巣格子には等価ではない2つの副格子が存在するため、その上で動く電子は普通の固体中の電子とは異なる振る舞いを示す。特にフェルミエネルギー近傍では、エネルギーと運動量の関係が線形的になり、見掛け上質量のない、相対論に従うディラック電子になっている。
光が円偏光を持つように、ディラック電子もカイラリティという特性を持っており、蜂の巣格子上では、2つの異なるディラック・コーン(谷とも呼ばれる)の周りの電子は正と負のカイラリティを示すことが判明している。普通の状態では、2つのカイラリティが相殺してしまい、マクロなスケールでは露わにその効果を観測することができないが、何らかの方法で谷を操作して、カイラリティを揃えることができれば、電子の波動関数が系全体にわたってメビウスの帯のようにねじれた構造をとり、トポロジカル状態になると考えられている。
図1 (a)蜂の巣構造。2つの副格子(青と黄色)を持ち、繰り返しで平面を埋め尽くすことができる最小ユニット(緑菱形)の中に2つのサイトがある。(b)フェルミエネルギーにおけるエネルギーの運動量依存性が線形的になり、見掛け上質量のない、相対性理論に従うディラック電子になる。3つ1組の谷で、電子の波動関数が渦と反渦に似た構造を持ち、2組(計6つ)の谷で正と負のカイラリティを示す |
そこで研究グループはペロフスカイト金属酸化物が示すバックルした蜂の巣構造を利用して、スピン軌道相互作用、反強磁性交換場、および交代電気ポテンシャルという3つの"外場"による、電子の副格子、谷とスピンという3つの自由度の操作を考案し、量子スピンホール効果とは異なるカイラリティの揃い方を実現し、強靭なトポロジカル状態の設計に成功したという。
図2 反強磁性交換場と交代電気ポテンシャルによるトポロジカル絶縁体の相図、ただしエネルギー単位はスピン軌道相互作用の強度。青は新規トポロジカル相、緑は量子スピンホール効果、白はスピン密度波と電荷密度波に対応するトポロジカル的に自明な絶縁相 |
この新しい量子状態にある物質はサンプルのバルク部分では絶縁的であるが、サンプルのエッジにスピンが揃った量子状態が現れ、抵抗のないホール電流を運ぶことができるほか、エッジ電流のスピンの向きは、磁場ではなくて、電場で逆転することが可能だ。また、この物質全体の磁化はゼロになっており、フェルミエネルギー近傍に他の状態がないため、電子の散乱が強く抑制され、欠陥や有限温度による揺らぎからの影響を受けにくく、安定な電流輸送が可能となっているという。
さらに、この理論的指針を用いた物質設計も実施されたという。例えば分子線エピタキシー法を用いてペロフスカイト構造を持つ反強磁性モット絶縁体LaCrO3を結晶[111]方向に成長させ、その上にLa2Au2O6を一原子層挿入した後に、またLaCrO3のバルクを成長させ、サンドイッチ構造を作ると、バックルした蜂の巣面に載っている金原子のd電子はディラック電子として振る舞い、上下にあるLaCrO3基盤から、反強磁性交換場を受ける。
また、金原子のd電子はペロフスカイト結晶の[111]面で動くため、原子軌道の混成が起き、大きなスピン軌道相互作用が生まれ、その状態で[111]方向に電場を掛けると、バックルした蜂の巣構造により交代電気ポテンシャルが生じ、理論モデルで要求されている3つの外場が得られるという。
実際に第一原理計算から、反強磁性交換場とスピン軌道相互作用によって、谷のところでエネルギーギャップが開くことが示され、その結果、温度に換算して600Kに当たる、トポロジカルなエネルギーギャップが見積もられ、室温を超える高温でも機能する強靭なトポロジカル状態が実現できることが明らかになったと研究グループでは説明している。
なお、今回の成果は、室温でゼロ抵抗電流を運ぶ物質が実現可能であることを示すもので、研究グループでは、この新しい物質およびそれから派生する電子物性が、斬新な量子機能をもたらす可能性があると期待されるとコメントしているほか、この研究で示された処方箋に基づいた物質合成や類似構造からの物質探索が成功すれば、基礎研究のみならず多くの応用分野にもインパクトを与えることになるともコメントしている。