東京工業大学(東工大)は6月25日、英国インペリアルカレッジロンドンと共同で、層状コバルト酸化物のプラセオジムバリウムコバルト酸化物「PrBaCo2O5+δが高い酸化物イオン伝導度を持つ仕組みを解明したと発表した。
同成果は、東工大 理工学研究科 八島正知教授、英国インペリアルカレッジロンドン キルナー・ジョン教授らによるもの。詳細は、米国化学会の学術誌「Chemistry of Materials」のオンライン版に掲載された。
エネルギー問題や環境問題の解決に、燃料電池や酸素濃縮器など技術が有望視されているが、その実用化や普及には高効率化が求められているが、それを実現するためには、高イオン伝導度のイオン伝導体や、高イオン伝導度と電子伝導度を有する混合伝導体の開発が必要となっている。
近年の研究から、高イオン伝導度を示す混合伝導体として層状ペロブスカイト型構造を有する酸化物が発見されたが、その原子スケールでの仕組みは未解明であった。層状ペロブスカイト型酸化物の中でも、プラセオジムとバリウムが規則配列したPrBaCo2O5+δの酸化物イオン伝導度は特に高いことが知られているが、その理由は謎となっており、キルナー教授のグループが拡散係数や計算機シミュレーションを用いて、そのイオン伝導機構の研究を行ってきたが、実験による原子スケールでの高イオン伝導度の発現機構の研究が求められていた。
そこで研究グループは今回、この層状コバルト酸化物の結晶構造(原子配列)と核密度の空間分布を中性子回折などを用いて詳細に解析。その結果、プラセオジム近くの頂点酸素と、コバルト-酸素面上の酸素を介して酸化物イオンが移動することを突き止めた。
バリウムとプラセオジムがc軸に沿って交互に配列すると、静電エネルギーを低くするため、コバルト-酸素面上の酸素原子がプラセオジム側にシフトして、コバルト-酸素面上の酸素とプラセオジム近くの酸素のO2-O3距離が短くなるというもので、これにより、プラセオジムの近くの酸素空孔濃度が高い頂点酸素席O2とコバルト-酸素面上の酸素O3を介して酸化物イオンが移動し易くなることが判明したという。
具体的には、層状ペロブスカイト型構造を有する混合伝導体PrBaCo2O5+δを合成し、その酸素濃度を熱重量分析を用いて調べたほか、結晶構造と酸化物イオンの高速移動経路を、八島教授らが開発した試料高温加熱装置などを用いて調べた。
その結果、PrBaCo2O5+δには、大量の酸素空孔がプラセオジムの近くの頂点酸素O2席に存在していることが判明した(O2における酸素空孔の割合=62.5%)ほか、このプラセオジム近くの頂点酸素O2と、コバルト-酸素面上の酸素O3を介して酸化物イオンが移動することを解明し、移動する方向が<110>方向であることも確認された。
また、サイズが大きな二価のバリウムBa2+と、サイズが小さな三価のプラセオジムPr3+がc軸に沿って交互に配列すると、静電エネルギーを小さくするためにコバルト-酸素面上の酸素原子がプラセオジム側にシフトして、コバルト-酸素面上の酸素とプラセオジム近くの酸素のO3-O2距離が短くなることから、プラセオジムの近くの酸素空孔濃度が高い頂点酸素席O2とコバルト-酸素面上の酸素O3を介して酸化物イオンO2-が移動しやすくなることも判明した。
さらに、温度を596℃から1000℃まで上昇させると、596℃で局在していた、Co-O3層上の酸素O3と頂点酸素O2の空間分布が1000℃では連結して酸化物イオンが移動する様子を確認し、この温度上昇に伴う酸化物イオンの空間分布の広がりが、酸化物イオン拡散係数の増加と対応することを解明した。
なお、研究グループでは今回の成果から、「価数とサイズが異なる陽イオンの規則配列により酸化物イオンの高速移動経路をつくる」というイオン伝導体をデザインするための新たなコンセプトを提示できたとしており、今後は、このデザインコンセプトに基づいて、新しいイオン伝導体の開発を目指すほか、今回活用した各種の材料評価技術を応用して、他のイオン伝導体のイオン伝導メカニズムを解明していきたいとコメントしている。