日本原子力研究開発機構(JAEA)と物質・材料研究機構(NIMS)は6月18日、スピン偏極準安定ヘリウムビームを用いることで、素子構造において磁性金属と接合したグラフェンのみの電子スピン状態を検出することに成功したと発表した。
成果は、JAEA 先端基礎研究センター 圓谷志郎任期付研究員、NIMS 極限計測ユニット 山内泰グループリーダーらによるもの。詳細は科学雑誌「CARBON」にオンライン掲載された。
微細化の限界が見えてきた従来の半導体技術に対するブレークスルーとして、スピントロニクス技術による、低消費電力で高機能を有する素子の実現が期待されている。中でもグラフェンは、スピン情報の伝達に適した性質を有することから、エレクトロニクスにおけるシリコンのように、スピントロニクスにおける基盤材料としての役割が期待されている。
しかし、グラフェンをスピントロニクスに用いるためには、スピン注入、輸送および検出などスピンの状態を制御する技術が不可欠で、中でも磁性電極と直接接合させてスピンを注入する技術の開発は重要な課題となっている。同技術の開発を進めるためには、まず電極となる磁性金属と接するグラフェンの電子スピン状態を明らかにする必要があるが、従来のスピン状態の観測手法では、原子1層にすぎないグラフェンからの計測信号が磁性金属からの強い計測信号に埋もれてしまうため、グラフェンのみの電子スピン状態を調べることが難しいという問題があった。
今回の研究では、磁性金属のニッケル(Ni(111))単結晶薄膜にグラフェンをエピタキシャル成長して作製することで原子レベルで平坦な磁性金属の表面をグラフェンで完全に被覆した構造を実現したグラフェン-磁性金属接合体に対して、表面の1原子層のみの情報を検出できるスピン偏極準安定ヘリウムビームを照射することで、グラフェンのスピン状態を直接的に観測することが試みられ、その結果、表面にあるグラフェンのみの電子およびスピンの状態を検出することに成功したという。
図2はグラフェン-ニッケル接合におけるグラフェンのスピン状態の観測結果。磁性金属と接合していないグラフェンではスピン偏極はあらわれないが、ニッケルとの接合によりグラフェンの電子にスピン偏極が生じることが明らかになった。具体的には、14eV付近の電子にスピンの偏極が観測されたことから、グラフェン中に多数存在する電子のうち電気的特性や接合した物質との相互作用の大きさなど物理・化学的性質を決めるエネルギー領域の電子(伝導電子)のスピン状態が、接しているニッケルからの影響を大きく受けることが判明したという(図2の破線枠内)。また、グラフェンの伝導電子はニッケルのスピン(多数スピン)と同じ向きにスピン偏極していることも判明し、磁性金属との接合がグラフェンのスピン状態に与える影響が解明された。
なお、今回の研究では、磁性金属との接合がグラフェンのスピン状態に与える影響の解明から、スピン偏極準安定ヘリウムビームによりグラフェンのスピンを高感度に検出できることも明らかになっており、研究グループでは、これらの成果から、これまで困難であった種々の2次元物質のスピン偏極検出が可能となり、スピン物性の研究や素子開発を進展させることとなるとするほか、グラフェンへの高効率スピン注入などスピントロニクス技術の研究が進むことで、省電力や高機能素子の実現につながることが期待されるとコメントしている。