大阪大学(阪大)は6月17日、蜂の巣構造を基本骨格とする銅酸化物(Ba3CuSb2O9)において、電子の持つ自由度であるスピンと軌道が量子力学的に混ざった状態に特徴的な構造を観測することに成功したと発表した。

同成果は、大阪大学大学院 基礎工学研究科(物質創成専攻物性物理工学領域) 若林裕助准教授、東京大学 物性研究所 中辻知准教授らによるもの。詳細は、英国誌「Nature Communications」に掲載された。

図1 Ba3CuSb2O9の結晶構造

単純な秩序構造をもたない結晶では、幾何学的フラストレーションと呼ばれる電子スピンが不安定な配列になり、特異な物性が現れることが知られている。通常は温度を下げると、フラストレーションを解消するように構造が歪むことで何らかの秩序状態に到達するが、まれに極低温までフラストレートした状態が継続することがあり、量子力学的な揺らぎによって秩序形成が妨げられた場合では、電子が抵抗なしに動き続ける超伝導や、粘性のない液体である超流動のような現象が起こることが知られており、そうした"何かが動き続ける"状態を発見することができれば、これまでにない新しい物性が出現することが期待されている。

今回の測定対象となったBa3CuSb2O9は、極低温まで秩序化が生じないフラストレーションを持った磁性体であるほか、銅の電子軌道の配置にも自由度があるため、電子スピンが担う磁性と、軌道自由度とが混ざった新しい量子状態の可能性が理論的に指摘されていた。

これまでの研究から、その磁気的性質は調べられていたが、軌道自由度の精密な測定は行われておらず、研究グループは今回、その測定に挑んだ。具体的には、八面体配位した銅では、x、y方向に広がった軌道が占有されない場合、z方向に八面体が伸びるように歪むこととなることから、その特性を利用して、構造の歪みをX線散乱法によって観測することで、その電子軌道の配置が調べられた。

図2 八面体配位した銅イオンの軌道と歪みの関係。x、y方向に伸びた電子軌道(緑のシンボルで表示)が空席となる場合、z方向に伸びるように構造が歪む

この測定の結果、以下のことが解ったという。

  • 室温(300K)では図3(a)のような弱い電子軌道の秩序が生じている。
  • 低温(4K)では図3(b)の秩序が発達するとともに図2の秩序が混在する。
  • これらの秩序は最大でも数ナノメートルの範囲でしか生じない。
  • 磁性が大きく変化する50Kまでは温度低下とともに電子軌道が秩序化していくが、それ以下の温度では軌道秩序は変化しない。

軌道自由度は非常に強く周囲と相互作用しているため、通常は磁性よりずっと高温で秩序化する。しかし、今回の場合、磁性が軌道自由度の振る舞いを支配しているように見える点が通常と大きく異なる点という。

また、理論研究では、スピンと軌道が混ざった量子状態を形成した場合、スピン軌道共鳴状態というベンゼンのような特殊な電子の状態が生じる軌道の秩序状態が予言されていたが、今回の実測から、電子軌道の配列と、その温度依存性の2つの側面でそれを裏付ける結果が得られたという。

図3 ハニカム構造で期待される電子軌道の秩序状態。弱い電子軌道の秩序(a)によるハニカム構造の中に、(b)の秩序が混在し、かつ(b)は2つの状態が混在している

なお、研究グループでは今回の成果を受けて、今後は、極低温下での時間的変動などを調べることで確定的な結論を得ることを目指した研究を進めることで、新しい物性の可能性の解明などにつなげていきたいとコメントしている。