九州大学(九大)は6月14日、触媒などに優れた効果を示す金属であるパラジウムがナノシート状に配列した、ナノ金属シートとして明確な構造を持つ世界最大の分子の合成に成功したと発表した。
成果は、同大 先導物質化学研究所 永島英夫教授らによるもの。詳細は国際学術雑誌「Nature」のオンライン版「Nature Communications」に公開された。
ナノテクノロジーの分野で、精密に構造制御されたナノ物質の特殊な機能が注目を集めている。グラフェンに代表されるシート状に原子が配列した物質は、一般にグラファイトや雲母など、これらが層状に重なった物質を1枚のシートにはがす手法(トップダウン手法)で作られているが、構造が明確な単一の分子として取り出すことは困難となっている。一方、分子を作る合成技術(ボトムアップ手法)でナノシートを作る試みは、精密構造を作り出せる利点はあるが、大きな分子を作ることに難しさがある。パラジウムは触媒に用いられる金属で、単独のパラジウム原子を含む錯体やパラジウム粒子がさまざまな化学品の合成用触媒や、自動車排ガス浄化など環境保全用触媒に用いられている。パラジウム触媒のナノ構造を制御すると高い活性や選択性など、触媒機能が制御できるのではないか、という期待が持たれるが、ナノシート状のパラジウムを作るにはトップダウン手法を使える原料がなく、また、ボトムアップ手法ではこれまで5つのパラジウム原子を含むシートがその最大のものだった。より大きな、かつ、ユニークな構造を持つパラジウムナノシート分子の合成は、化学業界の課題となっている。
今回の研究において、ラダーポリシランをテンプレートとする、金属ナノシートの新しい合成法を開発した。図1のように、ラダーポリシランがパラジウム原子を平面上に配列させるテンプレートとして機能するとともに、ケイ素原子がパラジウム原子同士を連結する"糊(接着材)"として機能し、折れ曲がり構造を持つナノシートを構築している。
ラダーポリシランは、6つのケイ素原子がはしご状に配列した分子構造を持っている。この化合物とイソシアニド配位子を持つ有機パラジウム錯体との反応を行うと、7つのパラジウムがケイ素とケイ素の間に入り込み、さらに4つのパラジウムが結合して、全体で11個のパラジウム原子を含む分子(2)が得られる(図2)。化合物(2)の分子構造は、X線結晶構造解析で明らかにされた(図2(a)、(b))。化合物は11個のパラジウム原子と6個のケイ素原子からなる折れ曲がり構造(バタフライ構造)を持つナノシートで、バタフライの胴にあたる場所にパラジウム原子3個(Pd(1)、Pd(2)、Pd(3))が存在して、蝶番の役割を果たしている。化合物(2)の折れ曲がりの角度は37.7度。この構造は、折り紙に例えると簡単に理解できる。すなわち、図3のように11個のパラジウム原子と6つのケイ素原子を配列して1枚のシートを作る。
次に、3つのパラジウム原子(Pd(1)、Pd(2)、Pd(3))を軸として折り畳むと(2)の構造になる。この化合物(2)において、4つのシリレン状のケイ素原子(図1・図2内、青色の原子)は11個のパラジウムと同じ平面内に存在し、パラジウム間を連結するための"糊"として機能し、すべてのパラジウムは結合を持ってつながっている。一方、シリリン状のケイ素原子(図1・(図2内、水色の原子)は、ナノシート平面から約0.8Å程度外れた位置に存在しており、"糊"としての役割とともに、ナノシートの平面構造を下から支える役割も担っている。また、化合物(2)は全部で10分子のイソシアニド配位子を持つが、そのうち2つのイソシアニド配位子は、蝶番の部分の3つのパラジウム(Pd(1)、Pd(2)、Pd(3))間を架橋することで、全体の折れ曲がり構造を安定化している。この化合物(2)のナノシート平面の面積は約1.04nm2であり、これまでに知られている中で最大の金属ナノシート構造を持っている。
また、化合物(2)のイソシアニド配位子(CNtBu)を、メシチル基を持つイソシアニド配位子へと交換すると、パラジウム原子の配列が変化した、新しいナノシート(3)へと変換できることも分かった(図2(c)、(d))。化合物(3)も11個のパラジウム原子と6つのケイ素原子を含むナノシート構造を形成しているが、バタフライ構造の折れ曲がりの角度が47.7度と、より広がった構造をしている。この場合も、ケイ素原子が"糊"として働き、すべてのパラジウム原子は結合を持ってつながっている。
パラジウムは触媒としての機能の宝庫だが、これまでは1つのパラジウムを含む分子触媒か、巨大なパラジウム粒子の表面を使う触媒が使われてきた。最近、数nmのパラジウム粒子の触媒作用が注目され、高い活性や優れた触媒機能が報告されているが、そのナノ構造が明確なものはごく少数に限られている。この手法を適用することで、従来の合成法と比べてより簡便にかつ高収率で金属ナノシート分子を合成すること、および、金属上の配位子を変えることで、金属ナノシート内の金属配列などの分子構造を自在に制御することができるようになり、新しい触媒機能の発現が期待される。
また、一般に1~3個のパラジウム原子を含む分子は黄色~赤色、5個のパラジウムを含むシート状化合物は暗褐色であり、一方、多数のパラジウムから成るナノ粒子は黒色であることが知られている。今回合成したパラジウムナノシート(2)、(3)は、いずれも暗緑色を呈していることから、核数の少ない分子状化合物とナノ粒子の中間に位置する従来にない電子構造を持つことが考えられ、これに基づく特異な機能を発現することが期待される。
ナノサイズ~ナノ以下のサブナノサイズを持つ金属集合体は、そのサイズに依存した特異な反応性を示すため、触媒としての応用が期待されているが、従来法では、大きさの整ったそれらの金属集合体のみを選択的に合成する手段はなく、未解明の分野である。今後は、今回の研究成果を応用し、他のラダーポリシランをはじめとする様々なオリゴシランをテンプレートとして利用し、多様なパラジウム数・分子構造を持つ、ナノ~サブナノサイズを有するパラジウムナノシートへ展開していく。特に、サブナノサイズの構造が明確な金属集合体を合成用触媒や環境用触媒に応用する研究はこれまでなく、高い活性や新しい機能を持つ触媒への展開を目指す。また、今回のパラジウムナノシートがパラジウム化合物にしては珍しい暗緑色をしていることは、触媒としての応用に加えて、その特異な性質を活用した光・電子機能性材料としての応用の可能性を秘めており、ナノテクノロジーの幅広い分野への展開が期待できるとコメントしている。