慶應義塾大学(慶応大)は6月13日、米・ミシガン大学、順天堂大学、独・ドレスデン工科大学、東京医科歯科大学(TMDU)との共同研究により、消化管内の細菌叢を改善する微生物・プロバイオティクスとして知られる「クロストリジウムブチリカム MIYAIRI588株」(MIYAIRI588株)が、大腸粘膜の「マクロファージ」から炎症抑制性サイトカインである「インターロイキン-10(IL-10)」を強力に誘導して大腸の炎症を抑制することを、マウスを用いた研究で明らかにしたと発表した。
成果は、同大医学部 消化器内科の金井隆典 准教授、同・微生物学・免疫学教室の吉村昭彦 教授、ミシガン大医学部の鎌田信彦 博士、順天堂大医学部 免疫学講座の八木田秀雄 准教授、ドレスデン工科大医学部のAxel Roers教授、TMDU 難治疾患研究所の樗木俊聡 教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米科学誌「Cell Host & Microbe」6月号に掲載される予定だ。
厚生労働省により「特定疾患」に指定されている「潰瘍性大腸炎」や「クローン病」などの炎症性腸疾患は、消化管粘膜に炎症を生じる原因不明の難病だ。これらは、就学・就労を控えた20歳代を中心に発症し、国内の患者数が約16万人を超えたことから、社会的にも大きな問題となりつつある。発症には複数の要因が関与すると推測されているが、最新の研究から腸内細菌に対する免疫反応の異常が注目されているところだ。
強力な抗炎症作用を持つサイトカイン(細胞間でやり取りされる多様な生理活性を持つタンパク質の1種)の1種であるIL-10は、炎症性腸疾患による腸炎を抑える上で重要な役割を果たすと報告されている。近年の研究では、このIL-10を産生して過剰な免疫反応を抑制させる機能を持つ「制御性T細胞」が注目されているが、MIYAIRI588株は免疫細胞のT細胞がいないマウスでも腸炎を抑える効果が認められ、新たな炎症抑制機構の存在が推測された。
MIYAIRI588株は芽胞形成性のグラム陽性の桿菌で、無酸素の状態で増殖する偏性嫌気性菌だ。また、酪酸を産生することから酪酸菌とも呼ばれている。そこで、今回の研究では「プロバイオティクス」(消化管内の細菌叢を改善し、宿主に有益な作用をもたらす微生物のこと)として知られているこのMIYAIRI588株に着目し、炎症状態における腸内細菌の役割が詳細に検討された。
研究チームは、まずMIYAIRI588株が炎症を抑える効果についての検討を実施。薬剤によって誘導された腸炎モデルマウスにMIYAIRI588株を経口投与したところ、IL-10を産生する細胞が増加し、大腸の炎症が抑えられていることが確認された。IL-10の働きを抑える抗体(IL-10中和抗体)をマウスに投与したところ、MIYAIRI588株による腸炎の改善効果が打ち消されたため、MIYAIRI588株がIL-10の誘導により炎症を抑えていることが突き止められたのである。
腸内細菌はT細胞、B細胞、抗原提示細胞など免疫に関わる細胞に影響を及ぼすことが明らかになってきた。炎症を引き起こす細菌がいる一方で、過剰な免疫反応を抑える制御性T細胞を誘導する細菌も発見され、注目されている。しかし、MIYAIRI588株はIL-10を産生する制御性T細胞を増やす効果が小さいものの、T細胞を持たないマウス(Rag2ノックアウトマウス)や制御性T細胞を除去したマウスにおいても腸炎を抑える効果が確認されたことから、制御性T細胞とは異なる細胞により腸炎を抑えることが示唆された。
そこで、MIYAIRI588株によりIL-10を産生する細胞が調べられたところ、腸管粘膜に浸潤するマクロファージであることが発見されたのである(画像1)。さらに、マクロファージのみからIL-10が産生されないようにしたマウス(IL-10FL/FLlysMCre+マウス)を用いて腸炎の改善効果が検討されたところ、このマウスではMIYAIRI588株を投与しても腸炎は抑制されなかった。これは、マクロファージからIL-10が産生されなかったことが原因と考えられ、MIYAIRI588株によって誘導されたIL-10を産生するマクロファージが、直接腸炎を抑えていることを裏付ける結果だ。
以上のことから、クロストリジウムブチリカム MIYAIRI588株は炎症状態においてマクロファージに作用し、IL-10を産生させることによって、腸炎の抑制効果をもたらすという一連のメカニズムが明らかになったのである(画像2)。
画像1。MIYAIRI588株を投与したマウス大腸粘膜の組織を免疫染色したもの。IL-10を産生するマクロファージが観察された |
画像2。MIYAIRI588株の腸炎抑制機構。クロストリジウムブチリカムによって誘導されたIL-10を産生するマクロファージにより腸炎が抑制されている |
近年、腫瘍壊死因子(TNF)を初めとした炎症に関連するタンパク質を中和するタンパク質により作られた新しい薬剤の1種である「生物学的製剤」の登場により炎症性腸疾患の治療は飛躍的に進歩したが、同時に医療費の高騰や新たな副作用の問題が懸念されている。このような現状において、国内外でプロバイオティクスを用いた治療法が検討されているが、現時点ではその科学的根拠が乏しく、そのメカニズムは不明な点が多くあった。
ただし今回の研究成果により、MIYAIRI588株をはじめとしたプロバイオティクスを用いた、炎症性腸疾患に対する安全性の高い、より安価な治療法や予防法の開発につながるものと期待される。