理化学研究所(理研)は6月11日、東北大学、大阪大学との共同研究により、炎症や自己免疫疾患に関連する遺伝子「Bach2」が、アレルギーなどを引き起こす「炎症性T細胞」の分化を制御する重要な遺伝子であることを明らかにしたと発表した。

成果は、理研 統合生命医科学研究センター 免疫シグナル研究チームの斉藤隆グループディレクター、同・九十九伸一研究員(現・徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 助教)、分化制御研究チーム、東北大大学院 医学系研究科、阪大 免疫学フロンティア研究センターらの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間6月11日付けで米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

近年、さまざまな疾患の遺伝的な背景を明らかにするために、一塩基多型(SNP)を用いて疾患に関わる遺伝子領域を見つける手法の「ゲノムワイド関連解析(GWAS)」が使われている。この方法により、クローン病、セリアック病、I型糖尿病、ぜんそく、尋常性白斑、多発性硬化症といった多くの疾患と関わりのある遺伝子が見つかり、その1つとして「Bach2遺伝子」が報告済みだ。

Bach2遺伝子はリンパ組織で高い発現が見られ、DNAからRNAを合成する「転写」を調節する「転写因子」である。しかし、これがどのように上記の疾患の発症に関連するのかまではまだ解明されていない。そこで研究チームは、Bach2遺伝子を欠損したマウスを用いた実験によって、この遺伝子の発現と機能の解明に挑んだというわけだ。

そこで研究チームはまず、Bach2遺伝子の発現について詳細に調べることからスタート。その結果、Bach2遺伝子はこれまで免疫細胞の1種のB細胞だけに発現し機能していると考えられていたが、メッセンジャーRNAの定量的な解析により、T細胞にも同程度発現していることが判明したのである。

また、T細胞は胸腺で分化・成熟し、末梢リンパ組織に移動して免疫反応を担うようになるが、Bach2遺伝子は、胸腺における分化の最終段階で発現が上昇することが発見された。さらに、T細胞(抗原にさらされていない場合は「ナイーブT細胞」)は、末梢リンパ組織に移動した後も、抗原に出会うまでは高い発現が維持されるが、抗原によって刺激を受けて「メモリT細胞」になった後では発現が低下することがわかったのである(画像1)。

画像1。ナイーブおよびメモリT細胞とBach2遺伝子の発現

次に、研究チームはBach2遺伝子の機能を解析するため、Bach2遺伝子を欠損させたマウスのナイーブT細胞における遺伝子発現の変化を調べた。具体的には、数万の遺伝子を同時分析できる「マイクロアレイ解析」を用いて野生型マウスが持つ正常なナイーブT細胞と異なる発現量を示す遺伝子網羅的に解析したのである。

その結果、Bach2遺伝子を欠損させたナイーブT細胞は、メモリT細胞と同じ遺伝子発現パターンを持つことがわかった。ナイーブT細胞とメモリT細胞の大きな違いは、抗原刺激に対する反応の強さと早さだが、Bach2遺伝子を欠損させたナイーブT細胞では抗原にすでにさらされているメモリT細胞と同じように反応が強く、早くなることが認められた。

特に、炎症性T細胞の「Th2細胞(2型ヘルパーT細胞)」の活性化パターンが強く認められ、機能的にもTh2細胞に似ていることがわかったのである。Th2細胞は、アレルギー反応や炎症性疾患を引き起こすT細胞であることが知られており、Bach2遺伝子は炎症性T細胞への分化を制御していると考えられるという。実際、発現が低下したメモリT細胞に再びBach2遺伝子を発現させると、「活性化しやすい」Th2細胞タイプの遺伝子発現パターンは消え、機能的にも正常なナイーブT細胞に戻ることが確認されたのである(画像2)。

画像2。Bach2による炎症性T細胞の生成の制御

さらに、Bach2遺伝子が直接制御している遺伝子を同定したところ、マイクロアレイでの機能解析と同様に、ストレス反応や炎症反応に関与する遺伝子群であることがわかった。以上のような結果から、Bach2遺伝子はT細胞の「活性化されやすさ」と「活性化の方向」を決め、炎症性T細胞になることを制御している因子であることが判明したというわけだ。つまり、炎症、アレルギー、自己免疫疾患を引き起こすメカニズムの一端にBach2遺伝子が関与していると考えられるのである。

今回Bach2遺伝子の欠損によって発現が変化することが明らかになった遺伝子群には、過去に行われたゲノムワイド関連解析で炎症、アレルギー、自己免疫疾患と関連が示されているものが多く含まれていた。このことは、これらの疾患に対する感受性や疾患の発症機構において、Bach2遺伝子が重要な位置を占めていることを示唆しているという。このような関係をさらに解析するため、Bach2遺伝子を抑制する標的分子も明らかにする必要があるとした。

また、Bach2遺伝子と共にその標的分子の詳細が解明されることで、免疫疾患の予防・診断・治療への有用な標的候補・手がかりが得られると期待できるとしている。