東京大学と高エネルギー加速器研究機構(KEK)は6月10日、「電気抵抗の揺らぎ」を10μsの分解能で測定すると共にX線回折実験を行うことで、急冷下で電子が10~20nmサイズのクラスターを形成しつつガラス化することを見出し、また電子がガラス化する過程は、液体がガラス化する過程によく似ており、両者の間には普遍的なメカニズムが働いている可能性が示唆されたと共同で発表した。

成果は、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻の賀川史敬 講師、同・修士課程2年の佐藤拓朗氏、同・宮川和也助教、同・鹿野田一司 教授、同・十倉好紀教授、KEK 物質構造科学研究所の小林賢介研究員、同・熊井玲児教授、同・村上洋一教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間6月10日付けで英科学誌「Nature Physics」オンライン版に掲載された。

日常生活で目にするのは必ずしも液体・気体・固体(結晶状態)という物質の3態だけではなく、身の回りにはガラスと呼ばれる状態も数多く存在する。ガラスはあたかも液体のように原子・分子が無秩序に配列しているが、固体のように硬いという、いわば液体と結晶の中間状態という具合だ。

ガラス状態は、例えば液体を十分速く冷却し結晶化を妨げることで生成することができ、透明で、硬く、表面が滑らかといったその特性は社会のさまざまな場所で利用されている。一方、固体中の電子に関しては、電子の液体および結晶状態は頻繁に観測されるのに対し、ガラス状態が実現したという報告はこれまでなかった。

そこで研究チームは今回、電子のガラス状態を探索する上で、三角格子を持つ層状有機化合物「θ-(BEDT-TTF)2RbZn(SCN)4(以下θ-RbZn)」に着目。この物質は画像1に示されているように、BEDT-TTF分子が三角格子状に配列した結晶構造を持ち、徐々に冷却すると200K以下で物質中の電子が水平型に配列した電子結晶を形成して絶縁体となるという特性を持つ(画像2・3)。

画像1(左)は、θ-(BEDT-TTF)2RbZn(SCN)4(以下θ-RbZn)のBEDT-TTF相の結晶構造。画像2(中)は、想定されるさまざまな電子結晶の配列パターン。θ-RbZnにおいて低温で実際に実現するのは水平型の配列パターン。画像3(右)は、電気抵抗率の温度依存性。1K/min以下で徐冷した場合は200Kで電子が結晶化し、電気抵抗が増大するが、5K/min以上で急冷した場合は、電子の結晶化は起こらず、電気抵抗は比較的低抵抗状態を保つ

一方で理論的には、BEDTTTF分子が三角格子をなしていることに関連して、水平型、垂直型、対角型などといったさまざまな電子結晶パターンの間に形成エネルギーの違いは殆どないことが指摘されている。結晶化にさまざまなパターンが考えられるということは、裏を返せば特定のパターンに結晶化しにくいということだ。

従って、急冷などによって容易に電子の結晶化を防ぐことができるのである(画像3)。原子や分子からなる液体におけるガラス化になぞらえて考えるならば、急冷環境下のθ-RbZnにおいて電子ガラス状態が実現している可能性が高いと期待されるというわけだ。

研究チームは、θ-RbZnについて、200Kより高温の電子液体状態における電気抵抗の揺らぎを10μsの分解能で測定した。その結果、電荷液体状態は200K近傍で数Hzから100Hz程度の揺らぎを有することがわかった(画像4・5)。これほど遅い揺らぎは電気をよく流す通常の金属には見られない性質だ。

また、この揺らぎの速さは固体中で均一でない(動的不均一)ことも同時に見出された。動的不均一は原子や分子からなる液体においてガラス化の前駆現象として知られていることから、θ-RbZn中の電子液体はガラス化しかけていると解釈することができるという。

この遅い揺らぎの起源を明らかにするため、さらにX線回折による「散漫散乱実験」が行われ、この電荷液体状態において、電子が10nm程度の大きさのクラスター構造を形成しており、低温ほどクラスターが成長し、それに伴い観測される電気抵抗の揺らぎが遅くなることがわかった(画像5・6)。

画像4(左)は、電気抵抗の揺らぎスペクトル。画像5(中)は、揺らぎ周波数の温度依存性。画像6(右)は、X線回折実験より見積もられた電子クラスターのサイズの温度変化。測定はすべて200K以上の電子液体状態において行ったもの

次に、このようなクラスターを有する電子液体が急冷によってガラス状態になるかどうかを検証するため、いったん試料を急冷し、その後温度を上昇させる過程で電子クラスターの挙動が調べられた。その結果、120~160Kの低温領域では、クラスターサイズは温度によらず一定値をとることが判明。これは急冷した場合、クラスターは真に長周期な結晶にはならず、中途な大きさのままガラス状態へと凍結していることを示している。

さらに温度を上げると、170K以上では高温ほどクラスターが縮小するという、画像6で示されているような電子液体状態で観測される挙動へと変わることがわかった(画像7)。これは電子ガラスが160-170Kで液体へと融解したことを表しており、電子のガラスから液体への相変化を明確にとらえたものといえるという。

画像7。急冷後の温度上昇過程における、電子クラスターサイズの温度依存性

原子や分子からなる液体がガラス化した場合の構造については、原子・分子配列が不規則になっているという説と、クラスターからなっているとする説があり、現在でも論争が続いているが、少なくともθ-RbZnという固体中で実現する電子ガラス状態については、電子のクラスターからなっていることがX線回折実験から示されたことになるとした。

今回の研究により、固体中の電子がガラス化することが明らかになり、ガラス化が集合体の構成要素によらない普遍的な現象であることが示された形だ。原子や分子からなるガラスは日常生活に溢れており、電子ガラスの研究の幕が開けたことで、今後、原子・分子ガラスを含めたガラス化現象一般の微視的理解が大きく進展することが期待されるとしている。