大阪大学(阪大)は5月28日、「BK-SE36マラリアワクチン」の第Ib相臨床試験をアフリカ・ウガンダにおいて実施し、マラリア高度流行地域において、これまでのいかなるワクチンよりも高い72%のマラリア発症防御効果を確認と発表した。

成果は、阪大 微生物病研究所の堀井俊宏教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、5月28日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

「人類最大の敵」と呼ばれるマラリアは、熱帯・亜熱帯の開発途上国で蔓延しており(画像1)、居住する人びとの健康を蝕むと共に経済にも大きな打撃を与え続けている。熱帯熱マラリアはハマダラカ(画像2・3)によって媒介され、サブサハラのアフリカ諸国を中心に年間の感染者は2億人、0~5歳の幼児を中心に犠牲者は120万人と推計されている(Lancet2012)。また、同地域の多数の妊産婦が妊娠マラリアの危険にさらされている状況だ。

画像1。世界の熱帯熱マラリア流行地域(出典:wellcome trust)

吸血するハマダラカ(画像2(左))と、マラリア原虫(画像3)

種々の抗マラリア薬に対する耐性が蔓延しており、その対策は喫緊の問題となっている。また、これまでに欧米で活発にワクチン開発研究がされてきたが、十分な効果が得られたワクチンの報告は未だない。その主たる理由は熱帯熱マラリア原虫が持つ巧妙な「寄生戦略」によると考えられている。

マラリア原虫はヒトに効率よく感染するために、ヒトの免疫防御システムを撹乱し、かつそれから回避する種々のメカニズムを発達させているのだ。その最も顕著な例が、抗原をコードする遺伝子に見られる遺伝子多型だ。ある型の抗原遺伝子を用いてワクチンを作製しても、それに反応しない型の抗原遺伝子を持つ原虫にはワクチン効果はないのである。

また、これまでに報告されたワクチン効果については、米国NIAID/NIHで開発された「AMA1-C1/Alhydeogel」の防御効果は0%で(Vaccine,2009)、グラクソ・スミスクライン(GSK)で開発された「RTS,S/AS01A」は31.3%に止まっている(Lancet,2012)。

研究チームは、全世界から採取した455種の熱帯熱マラリア原虫を解析し、SERAタンパク質をコードする「SERA遺伝子」では遺伝子多型が極めて低いことを証明。SERAタンパク質は赤血球期マラリア原虫の表面に大量に存在するが、その機能は未知である。

この遺伝子多型が低いことを基に開発されたBK-SE3ワクチン(画像4)は、遺伝子組換え技術によって作製された「SE36タンパク質」と水酸化アルミニウムゲルを混合した凍結乾燥製剤で、阪大微生物病研究会 観音寺研究所において製造された。なおSE36タンパク質は、SERAタンパク質の前半部分に相当する36kDの分子量を持つ組換えタンパク質で、大腸菌で効率よく産生させるため、人工合成遺伝子より作製された形だ。

画像4。ワクチン製剤BK-SE36

2005年に日本国内で実施した第Ia相臨床試験によってその安全性と免疫原性を確認した後、アフリカの中央部に位置するウガンダ共和国政府の承認を得て2010-2011年に同国北部のリラで第Ib相臨床試験を実施した。リラはマラリアの高度流行地域であり、住民のほとんどは幼児期より幾度となくマラリア感染を経験している。

なおワクチンを含む医薬品が市場に出るまでには、その安全性試験(第I相臨床試験)、生物学的効果試験(第II相臨床試験)、および、実証試験(第III相臨床試験)を厳格な基準に基づいて実施しなければならない。今回の結果は、流行地域における第Ib相臨床試験であり、防御効果はこの被験者についてワクチン接種後365日間臨床研究として観察されたものだ。

マラリア感染歴のある人たちがBK-SE36ワクチンに異常な免疫反応するかどうかを調べることが、今回の臨床試験の大きな目的だった。成人男女を対象としたステージ1で安全性が確認され、その後に6-20歳の若年層を対象としたステージ2でさらに安全性が確認された。

ステージ1のワクチン接種によってSE36タンパク質に対する抗体が誘導されるかどうかという免疫原性試験では、マラリア感染歴のない日本人とは大きく異なり、成人ではほとんどワクチンに反応が見られなかったが、最も若い年齢群である6-10歳では免疫応答が認められた。

第Ib相臨床試験のステージ2では6-20歳のボランティア66名にBK-SE36マラリアワクチンを接種。これらの接種者をその後1年間にわたってマラリア感染の状況を観察した結果、ワクチンを接種しなかった対照群に比べて72%の防御効果が確認されたというわけだ(画像5)。

画像5。カプランマイヤープロットで見るBK-SE36ワクチン接種群で72%の防御効果

効果的なマラリアワクチンの開発は人類の悲願であり、日本初のマラリアワクチンは発展途上国への大きな国際貢献になると共に、国際社会における日本のプレゼンスを高めるものになることが期待されると研究グループではコメントしている。