産業技術総合研究所(産総研)は6月5日、住友精化と共同で、機能性樹脂として期待されるラジカルポリマーの1種である、ニトロキシドポリマーの低環境負荷で安全な新規合成法を開発したと発表した。
同成果は、同所 触媒化学融合研究センター 革新的酸化チーム 今喜裕主任研究員、佐藤一彦研究センター長らによるもの。詳細は、6月6日~7日に大阪府大阪市で開催される第2回JACI/GSCシンポジウムで発表される。
安定ニトロキシドを高分子化したニトロキシドポリマーは、酸化還元樹脂の1つとして1970年代から多くの種類が報告されている。室温環境でも十分長い寿命を持つラジカルである2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)を様々な種類のポリマーに接続したニトロキシドポリマーの開発が活発であり、例えば、TEMPOを(メタ)アクリレートに接続したポリマーやTEMPOをポリスチレンに接続したポリマーは、アルコールのアルデヒド、ケトンへの酸化触媒能を示すことが知られている。また、近年、酸化還元能を利用した用途展開が実施されている。
しかし、過酢酸やメタクロロ過安息香酸(m-CPBA)を用いたTEMPO(メタ)アクリレートポリマーの通常の製造法では、製造時の爆発危険性が高いうえ、有機溶媒を大量に使用し、環境への負荷が大きく大量合成は不可能だった。一方、過酸化水素を用いる方法は、副生成物が水だけであり、クリーンな方法であるが、過酸化水素の使用量が理論量の数倍にものぼり、危険性の高い助燃性の酸素が製造中に大量に発生するといった問題があった。また、近年、ハロゲンフリーの機能性化学品の製造が必要とされている。このため、大量で安定的なニトロキシドポリマーの供給に向けて、より高効率かつ安全な製造方法の開発が求められている。
産総研は、過酸化水素を用いたクリーン酸化技術による機能性化学品の高効率合成法の確立へ向けた触媒技術の開発を行ってきた。これまでに、過酸化水素による酸化プロセスによって、様々な機能性化学品をハロゲンフリー、高効率、高選択的に製造する実用的な触媒を開発してきた。住友精化では、これまでピペリジン(メタ)アクリレートポリマーを過酸化水素によって酸化して、TEMPO(メタ)アクリレートポリマーを製造するプロセスの研究開発に取り組んできた。しかし、過酸化水素の使用量が多く、大量の酸素が発生する危険なプロセスだったため、製造法としての採用が困難だった。そこで、産総研の高効率な過酸化水素酸化技術を適用して、より安全で高効率なプロセスを確立するため共同開発に着手した。
これまでの、過酸化水素を用いて原料のピペリジン(メタ)アクリレートポリマーを酸化してTEMPO(メタ)アクリレートポリマーを合成するプロセスでは、酸化反応に使用される量の数倍以上の過酸化水素が有効に使われずに分解して大量の酸素を発生させていた。一般に過酸化水素による酸化反応にはアルコール系の有機溶剤が使用されるが、反応を詳細に解析したところ、アルコール系の有機溶剤を用いた場合、生成したTEMPO(メタ)アクリレートポリマーにより過酸化水素が激しく分解することが明らかとなった。そこで、さまざまな有機溶剤を検討した結果、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAC)を用いると、過酸化水素の分解をほぼ完全に抑えることができることを見いだした。さらに、触媒としてタングステン酸とリン化合物を用いることで、極めて高い酸化率(酸化率:95%)でTEMPO(メタ)アクリレートポリマーを合成できた。この製造方法は、過酸化水素の使用量が原料の2倍程度で、製造中の酸素発生量が工業生産で提示されているしきい値以下であり、実用的で安全な製造方法である(図1)。また、酸化剤として過酸化水素を用いるため、副生成物は水だけで、ハロゲンを一切使用しないため、環境負荷が低い。
産総研と住友精化は引き続き協力して、触媒量の低減を含めた製造プロセスの改良によるさらなるコスト低減を検討し、実用化を目指していくとコメントしている。