物質・材料研究機構(NIMS)は6月5日、汎用の有機蛍光色素であるアントラセンを基とした、優れた光安定性を有するフルカラー発光する液体材料を開発した。

同成果は、同所 高分子材料ユニット 有機材料グループ 中西尚志主幹研究員らによるもの。詳細は、英国科学雑誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載された。

カラー表示のモニタや薄膜素子用の発光材料の開発において、有機系色素材料に求められる重要課題の1つに光安定性の向上が挙げられる。これに向けては、光照射による隣接分子同士での二量化や、酸素分子との結合による酸化劣化を軽減できる分子構造の適切なデザインが重要となる。また、色素分子同士の凝集が起こると、分子固有の発光機能が十分に発揮されないことがあるため、分子凝集の起こらない適切な分子デザインも求められる。さらに、様々な発光色を示す有機分子材料を個別に合成する場合と比較して、簡便かつ安価にフルカラー発光を調製可能な有機分子材料の開発が望まれる。

研究グループは今回、優れた光安定性を示し、溶媒中に希釈することなく、バルクな状態においても分子固有の発光機能を発揮する液状の有機材料を開発した。

分子素材には、汎用の蛍光色素であるアントラセンを用い、アントラセン部位が隣接分子間で凝集を起こさず、孤立的に配置されるよう分子設計したという。具体的には、枝分かれした柔軟性が高く、嵩高いアルキル鎖をアントラセン部位周りに複数連結することで、アントラセン部位を隔離したことで、融点が約-60℃、約300℃までの熱安定性、粘度が約0.3Pa·s、不揮発性透明の液状物質を実現した。同物質は、絶対蛍光量子収率が約55%の青色発光を示し、市販のアントラセン色素に比べ5倍以上の光安定性を確認したという。

また、液状のアントラセン分子の紫外-可視吸収スペクトルおよび蛍光スペクトルは、同一分子が有機溶媒中に均一に分散された希薄溶液のスペクトルと良く一致していることも確認。この結果は、室温液体のバルク状態における光および電子機能が、希薄溶液中で見られる分子固有の機能とほぼ同じであることを意味しているという。

図1 (a)今回の研究に用いられたアントラセン分子の化学構造式。赤色部分がアントラセン骨格。(b)アントラセン分子の分子構造模型。アントラセン部分がアルキル鎖により覆われ、隔離されている。(c)アントラセン分子の可視光下の写真。(d)アントラセン分子の365nmの紫外光下の写真。(e)アントラセン分子の溶液中ならびに無溶媒液体の紫外-可視吸収スペクトル。(f)アントラセン分子の蛍光スペクトル

青色発光を示すアントラセン液体に、極微量の固体粉末の発光色素を加え(例えば図2aに示すように、緑色発光する9,10-ビス(フェニルエチニル)アントラセン[ドーパント-D1]を0.5mol%と赤色発光するユウロピウム錯体[ドーパント-D2]を5mol%をアントラセン液体に混和)、混ぜ棒を用い約1分間かき混ぜることにより、365nmの単色光照射下において橙黄色に発光する液体として調整できる(図2aと2bのマーカーxi, CIE色度座標:0.51,0.40)。ここで、青色発光するアントラセン液体の光励起状態から、D1への蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)は96%の効率で達成される。このため、アントラセン液体と発光色の異なるドーパント-D1およびD2を微量混ぜ込む簡便な操作によって、図2bのCIE色度座標に示すようなさまざまな発光色の調整を実現したという。

図2 (a)アントラセン液体に、緑色(ドーパント-D1)および赤色(ドーパント-D2)発光の色素を混和することにより調整されたフルカラー発光。(b)CIE色度図に今回調整したフルカラー発光アントラセン液体材料の発光色を配置

今回の研究では、優れた光安定性をもち、他の色素を混和できる液状のアントラセン分子とすることで、単色光励起のマルチカラー発光有機材料の開発に成功した。同液体材料は、さまざまな形状、基材の表面に塗布でき、良質な面状発光を示すことから、塗布できるフルカラー発光デバイスの創製が期待できるという。

昨今、フレキシブル素子の中でも折りたたみ可能なフォールダブルエレクトロニクス素子が注目を集めているが、液体材料は、折り曲げても断裂、破断せず連続活性層を保持できるため、フォールダブル素子の開発に適しており、研究グループでは今後、折りたたみ可能な電極材料と組み合わせることで、フォールダブルエレクトロニクス素子の開発が進むことが期待されるとコメントしている。

図3 青色発光するアントラセン液体(左)を素材に調整された365nmの紫外光照射下におけるフルカラー発光パネル