東京大学は6月3日、情報通信研究機構(NICT)との共同研究により、これまで個別に適用されてきた大別して2種類ある大気中の内部波の「ロスビー波」と「大気重力波」の両方の特性を含む「統一分散関係式」を導出し、これを基に両者を含む波が駆動する物質循環と波の伝播を記述する統一的な3次元理論式の導出に成功、得られた3次元理論式が先行研究によるいずれかの波に対する理論式と、そこで用いられた条件下で一致することも示したと発表した。
成果は、東大大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻の佐藤薫教授、NICT 統合データシステム研究開発室の木下武也研究員らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、「Journal of the Atmospheric Sciences」2013年6月号に掲載された。
大気中の物質循環はさまざまなスケールの波により駆動されており、大別してロスビー波と大気重力波の2種類がある。惑星規模のロスビー波は、「コリオリ力の緯度変化(β効果)」を復元力とする大規模な波で、海陸の温度差や地形の高低差などが励起源であり、運動量や熱を上方に運び、物質循環を引き起こす。一方の大気重力波は浮力を復元力とする小規模な波で、山岳やジェット、前線、対流などが発生源だ。ロスビー波と同様に上方に運動量を運び、物質循環を引き起こす。
東西平均場における波と物質循環の相互作用を記述する理論式は、1970年代にAndrewsとMcIntyreにより導出され(変形オイラー平均(Transformed Eulerian-Mean:TEM)系と呼ぶ)、成層圏(高度約10~50km)の物質循環(ブリュワ・ドブソン循環)は総観規模(数1000km)~惑星規模スケールの波や大気重力波によって、また中間圏(高度約50~90km)の夏極から冬極に流れる物質循環は主に大気重力波によって駆動されていることなどがわかってきた。
しかしながら、これら物質循環の東西成分や経度依存性については、ほとんど解明されていない。また近年、観測技術やモデル分解能の向上により、これまでの気候予測モデルにおいてその作用のみパラメータとして扱われていた大気重力波も、解像可能な波として扱える時代となった。その結果として、東西平均を用いる解析では見られなかった、局所的に物質輸送や波活動の大きい領域が存在することがわかってきたのである。そこで、TEM系を3次元に拡張する研究がこれまでいくつか行われてきたが、これらの研究で導出された3次元理論式は、ロスビー波や大気重力波といった限られた波にのみ適用できるものや単色波を仮定したものでしかなかった。
そこで研究チームは、オゾンなど大気微量成分の3次元輸送を評価するため、ロスビー波と大気重力波を含むすべての内部波に適用可能な2次元のTEM方程式系の3次元への拡張を行うことを目的として研究をスタート。過去の研究における問題点として、ロスビー波に適用可能な理論式は「準地衡流近似」を用いて導出を行っていて大気重力波に適用できないこと、大気重力波を含む「プリミティブ方程式系」に基づく先行研究による理論式では、大気重力波の「分散関係式」を用いて導出を行っているためロスビー波に適用できない点が挙げられた。
なお、準地衡流近似とは、流れの時間変化とコリオリ力の比に対応するロスビー数が小さい仮定の下、回転系の運動方程式を1次の項まで展開したもの。またプリミティブ方程式系とは、地球流体力学の水平方向の運動方程式、静水圧平衡の式、熱力学方程式、状態方程式、連続の式からなる方程式系。そして分散関係式とは、波の性質を表す波数と振動数の間の関係式のことだ。
また、準地衡流系を用いた研究では、複数の異なる理論式が提案されている。これは波の伝播および物質循環への寄与を表す3次元波活動度フラックスを中心に導出が進められているためだ。それらの点を踏まえ、今回の研究では東西平均の代わりに時間平均を使用し、プリミティブ方程式系において、特定の波の分散関係式を用いずに、物質輸送を近似的に表す「3次元ラグランジュ流」の式導出が行われた。続いて、ロスビー波と大気重力波を含む統一分散関係式を求め、3次元波活動度フラックスの導出がなされた形だ。
得られた3次元理論式は、準地衡流近似を用いるとロスビー波のみに適用可能な理論式に、一方、大気重力波の分散関係式を用いると重力波のみに適用可能な理論式に一致することを確認し、同理論が過去研究の理論式を含む統一理論であることが明確化されたのである。
また今回の研究から、波と平均流の相互作用を記述する3次元波活動度フラックスと、波の伝播を記述する3次元波活動度フラックスが異なる形となることが避けられず、これがロスビー波の持つ性質に起因することも示した形だ。最後に、観測データを基に作成された再解析データおよび、高分解能モデルデータに3次元理論式を適用し、その有効性が確認されたというわけである。
今回の研究は、過去に行われてきた大気中の波と平均流の相互作用を3次元に記述する理論式を発展させたものであり、時間平均場からのズレとして存在する大気中すべての波に適用可能な点が特徴だ。研究チームは、時間平均場に含まれる定在波も対象とする3次元理論式への拡張を行い、今回の研究結果と合わせて波の駆動する物質輸送全体の3次元的描像を理解するための解析手法の確立を目指して研究を進めているという。
今後、高解像度観測データおよび高分解能モデルデータに3次元理論式を適用し、局所的な物質輸送を引き起こす物理メカニズムを解明することで、より詳細な大気中の物質循環およびオゾンなど大気微量成分の時空間分布の変動を把握することが可能になると期待され、大気質や気候変動の中長期的な予測精度の向上に貢献できるものと考えられるとしている。