大阪大学(阪大)と甲南大学、独ビュルツブルグ大学、日本原子力研究開発機構は、大型放射光施設SPring-8のBL23SUに有するの軟X線角度分解光電子分光装置を駆使して、2つの絶縁体の間の界面にだけ生じる極薄の金属層の電子状態を詳細に解明したと発表した。

同成果は、大阪大学 産業科学研究所 菅滋正特任教授、同大学院 基礎工学研究科 関山明教授、藤原秀紀助教、甲南大学 山崎篤志准教授らによるもの。独ビュルツブルグ大学 Claessen教授、Sing博士、日本原子力研究開発機構 斎藤祐児副主任研究員らと共同で行われた。詳細は、米国科学雑誌「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載される。

社会の発展とともに、省資源、省エネルギーにつながる極微のサイズの機能性材料開発が期待されているほか、希少元素を可能な限り少なくしつつ、高度な機能を実現することが求められるようになっている。今回の研究で対象となったLaAlO3/SrTiO3界面も、そうした可能性を持つ物質の1つで、2つの母体ともに典型的な絶縁体ながら、SrTiO3単結晶基板上にLAO薄膜を成長させると、その界面に極薄の金属層が出現することが知られているほか、この界面領域には磁性のみならず極低温で超伝導性を示すこと、さらには電場印加により金属-絶縁体転移を起こしたり、超伝導-絶縁体転移を起こしたりするなど機能性材料として魅惑的な性質を持つことが知られている。

しかし、この薄い界面の電子状態だけを取り出して調べることは極めて困難であり、今回の研究は、その界面に固有の電子状態だけの情報を得ることを目的に行われたという。

具体的には、軟X線角度分解共鳴光電子分光法を用いることで行われた。SPring-8のBL23SUは同手法では、世界でも3位以内に数えられる性能を有しており、高いエネルギー分解能と高いエネルギー再現性を実現することが可能。光電子分光では、清浄表面が要請されるので、研究グループではドイツで成長されたLAO/STO試料を、まずオゾンを入れたチャンバでオゾン処理により表面を清浄化した後、光電子分光装置の試料導入部より装置に入れ、その後、高純度酸素中で酸素欠損を抑えるために180℃まで昇温。さらに、この試料を超高真空分析室の液体ヘリウムクライオスタットの先端部に取り付け、20Kに冷却した状態で光電子分光を行った。なお、測定には界面金属層が安定に生成されるLAOを4層堆積させた試料を用いたとする。

手順としては、最初に光電子の全収量スペクトルを測定し、Tiの2p内殻吸収端エネルギーを確定し、その次に角度積分光電子スペクトルのエネルギー分布曲線(EDC)をいくつかの光エネルギーで測定する。こうして、共鳴条件を探り、さらに光エネルギーをTiの3d電子状態の共鳴最大条件にセットして、角度分解光電子分光を行い運動量依存性を測定する。

研究グループでは、もし、4ユニットセルのLAO/STO界面に由来するTi3+状態の3d電子が極薄界面の電気伝導を担っているならば、それは共鳴光電子分光により、STOおよびLAOのエネルギーギャップに相当するエネルギー領域に弱く観測されるであろうと予想。

図1は、この共鳴下での広いエネルギー範囲の角度積分光電子スペクトルを示しており、E-EFが0つまりいわゆるフェルミ準位の極近傍に弱いながらも、わずかに強度が見られるのがこの状態だと考えられたことから、同領域のスペクトルを観察した結果が図2(a)と(b)となる。

図2(a)は、光エネルギーを小刻みに変えたときフェルミ準位近傍の光電子スペクトル構造がどう変化するかを示している。構造Aと構造Bがある光エネルギー範囲(光エネルギーは図の右端にある)で観測されている。ただし、構造Aは本当に狭い光エネルギーでのみ出現するのに対し、フェルミ準位で鋭く切れ落ちている構造Bはわりと広い光エネルギー範囲で観察されている。これらの構造が最大になる光エネルギーは図2(b)に示す光電子全収量から求めたTiの2p内殻吸収スペクトルに緑水平線や青水平線で示したエネルギー位置に相当する。構造AはLAO/STOにはないLaTiO3のTi3+の吸収のピークと一致したとする。

一方で、構造Bは光エネルギー範囲がLaTiO3のTiの2p内殻吸収ピークの幅程度の範囲で共鳴増大していることが分かった。この構造Bこそが、金属電気伝導を担う電子状態であり、非局在的なTiの3d成分の2次元電子状態から来るものと考えられるとするほか、Aの構造はSTOにもともと存在する酸素欠損につかまったTiの3d不純物準位から来る局在的な電子状態と考えられると研究グループでは説明する。

図1 共鳴光電子分光による共鳴下での角度積分光電子スペクトル

図2 広い領域のスペクトルを世界最高レベルの性能を駆使して観察した結果。(a)は、光エネルギーを小刻みに変えたときフェルミ準位近傍の光電子スペクトル構造がどう変化するかを示す。(b)は、光電子全収量から求めたTiの2p内殻吸収スペクトル

図3は、この非局在的な2次元電子状態を反映するBの構造の光電子がどのような運動量空間に存在するのかを角度分解光電子分光で調べたもの。つまり2次元運動量空間で(0,0)運動量(波数ともいう)にある点付近にどちらかというと4方向にゆがんだフェルミ面領域に電子が存在していたことがわかる。これは理論予測と一致する。一方で、点線で書いた酸素の2pバンドからくると予測されていたフェルミ面はまったく観察できなかった。

図3 非局在的な2次元電子状態を反映するBの構造の光電子がどのような運動量空間に存在するのかを角度分解光電子分光で調べたもの

このことから表面から界面にいたる領域での電子準位のエネルギーは、図4(c)のようになっていると推測できるという。図4(a)は、これまで広く考えられていたモデルであり、LAOが有極性物質であるために表面からのLAOの厚さに応じてポテンシャルが位置に依存しているというモデルで、この場合には表面の酸素2pバンドにある電子が界面に移動して電気伝導を担う。しかし、酸素2pバンドがフェルミ面を横切ることはないという今回の実験結果によって妥当性を失うこととなった。

図4(b)は、軟X線励起によって電子-正孔対が生成されそれがやがてLAO内部電場で分離して電子は界面に、正孔は表面に移動し内部電場を補償するために、酸素2pバンドがフェルミ面には見えないというモデル。これだとすると、単位面積当たりの光強度が変わると安定ではないことになる。図4(c)は、LAO表面には酸素欠損ができており、そこから電子がLAOの内部電場によって 界面に移動しているというモデル。LAO膜厚がある値のときに表面での酸素欠損と界面への電子移動が良いバランスを取ると考えられるので、これがもっとも現実に近いモデルだと考えられるという。

図4 表面から界面にいたる領域での電子準位のエネルギーのモデル

なお、今回の研究によって、高分解能角度分解光電子分光は埋もれた界面電子状態の研究にも有効なことが示された。そのため研究グループは今後、さらにエネルギー分解能をあげた測定を行うことや、電子のスピンを分解したスピン偏極角度分解光電子分光を行うことが有効であると考えられるとコメントしている。