日本原子力研究開発機構(JAEA)と光産業創成大学院大学(GPI)は6月5日、露・モスクワ州立大学、露・合同高温科学研究所との共同研究により、プラズマの密度の濃淡によりX線の進む方向が曲がることによってX線領域の蜃気楼が発生することを初めて観察することに成功したと発表した。
成果は、JAEA 量子ビーム応用研究部門のPikuz Ttianaリサーチフェロー、同・田中桃子研究副主幹、同・石野雅彦研究副主幹、合同高温科学研究所のFaenov Anatoly教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間6月4日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
蜃気楼現象は大気の密度の濃淡による光の屈折率の違いが、本来、直進するはずの光を曲げることで、あるはずのない場所に風景などが見える現象だ。X線は透過する物質の密度が変化しても屈折率がほとんど変わらないので、可視光よりも曲がりにくい(直進性が高い)性質があり、これまで、X線領域の蜃気楼現象(画像1)を地上で実現するのは難しいと考えられてきた。
レーザーは波長がそろった光の集まりで、指向性に優れるといった特徴に加えて、波の位相(波の山と谷の位置)がそろった「空間コヒーレンス」と呼ばれる性質を持つ。JAEAは2003年にプラズマを媒質としたX線レーザーを開発している。
X線レーザーの利用において、レーザーの進行方向を自由に制御する技術の開発は必要不可欠だ。研究チームが、その技術のカギとなる材料として着目してきたのがプラズマである。プラズマは強いX線を当てられても破壊されにくいこと、プラズマ中の電子の密度を何桁も変えることでX線の屈折率を大きく変化させる可能性を持っていることなどが、着目されている理由だ。
今回の研究では、軟X線に対する増幅効果を持つプラズマに軟X線レーザー(波長13.9nm)を入射した際に、2つのレーザー光が重なり合った時にのみ現れる「干渉縞」が観測されたという(画像2)。これは、本来1つであるはずの軟X線レーザービームが、プラズマを通すと2つあるように見えることを意味する。
この現象の仕組みを解明すべく、まずはプラズマの電子密度が計測された(画像3)。横軸はプラズマの元となる固体表面からの距離を表し、縦軸が電子密度の濃淡を示す。図中の赤い丸印の部分に密度の膨らみがあり、この部分を通過するX線レーザーは屈折の影響を受けて強く曲がるのである。
その際、プラズマの屈折率は密度が濃いほど屈折率が低くなるという特徴を持つので、密度の膨らみは凹レンズとして働き、その結果、X線レーザービームはここを起点にして拡がっていくと予想された。一方で、青い四角の部分は、密度分布がなだらかなため、ここを通過する軟X線レーザーは屈折の影響をあまり受けずにプラズマを通過していくというわけである。
さらに、実験で得られた干渉縞と上記のプラズマの電子密度の濃淡の分布を基にして、X線レーザーがプラズマを通過する際の進み方を計算機シミュレーションでもって再現された。
画像4は、X線レーザーがプラズマ中を通過する際の進み方を示したものだ。本来の光源位置から発せられた軟X線レーザービームは、プラズマに入射した後、プラズマ中の密度の膨らみによる凹レンズの働きを受けて、軟X線レーザービームの一部が、そこを起点にして拡がる(赤色で表示)。その結果、その起点となる位置にあたかも新しいX線光源があるかのように見える、すなわち蜃気楼が出現する。
画像5は、計算機シミュレーションにより再現された、プラズマ中に出現したX線光源(蜃気楼)の大きさと形を示したものだ。画像5の左は、X-Y平面内(画像4参照)での光源の大きさと強度分布を表しており、その大きさはプラズマ中に生成する密度の膨らみ(凹レンズ)の大きさとほぼ一致する。
同様に、画像5の右は、Y-Z平面での光源の大きさと強度分布を示す。この蜃気楼から発せられるように見えるX線レーザー(赤色で表示)と、プラズマ中で屈折の影響をほとんど受けずに、本来の光源位置から発せられるX線レーザー(青色で表示)が、重なり合うことで、干渉縞が生成されたと考えられるとした。
今回の成果は、科学的な観点からは、X線領域の新現象の発見であると同時に、X線を含めた光の進み方からプラズマや物質の密度を計測する技術につながる点がポイントだ。また、産業応用の観点からは、新しいX線のレンズや鏡などの「プラズマX線光学素子」の提案としても重要な成果となっている。
この光学素子は、原理的にどの波長のX線にも適用可能で、しかも高強度のX線にも耐えることができるので、X線装置の設計の自由度が拡がる。このX線光学素子の実用化が進めば、X線自由電子レーザーなどの高強度X線用の高耐力レンズや鏡として、また、非破壊検査用X線透過装置など、既存のX線利用装置の高出力化・高効率化につながる技術として期待できるとしている。