東京大学生産技術研究所(東大生研)は5月30日、「球面収差補正走査透過型電子顕微鏡環状暗視野法」という新しいイメージング法を用いることにより、光増幅器用ファイバー中のレアアースで原子番号68の「エルビウム」が、1つ1つバラバラに存在している様子を直接観察することに成功したと発表した。
成果は、東大生産研の溝口照康准教授、同・増野敦信助教、同・井上博之教授、東京大大学院 工学系研究科の幾原雄一教授、オーストラリア・モナッシュ大学のフィンドレー・スコット研究員、住友電気工業の斎藤吉広グループ長、同・山口浩司主幹らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間5月29日付けで米国化学会(ACS)発行のナノテクノロジー専門誌「ACS Nano」オンライン版に掲載された。
インターネットなどの高速通信を支える光通信の光信号は、長距離を伝わるにつれて弱くなってしまう。それを回避するため、通信網の中継地点には光信号の増幅装置があり、「ランタノイド」(原子番号57~71の15元素の総称)などのレアアースを添加したガラスファイバーが用いられている。増幅帯域の拡大といった性能向上には、ガラス中のレアアースの存在状態を最適化した光ファイバーの開発が不可欠というわけだ。
一方で、ガラスファイバーの中の原子がどのような状態で存在しているのか、実はよくわかっていない。それはガラスファイバーが複雑で長距離の周期性を有さない原子構造のアモルファス構造であり、内部の原子を可視化することが困難だったためだ(画像1)。これまでの研究は、ガラスファイバー中のレアアースの平均的な環境についての情報を得ることはできていたが、例えばそれらレアアース同士がどれくらい離れて存在しているのかという原子レベルでの解析は不可能だったのである。
今回の研究では、0.1nmのものも観察可能な球面収差補正走査透過型電子顕微鏡環状暗視野法(Cs-corrected HAADF-STEM法)という新しいイメージング法が用いられた。Cs-corrected HAADF-STEM法では、原子番号の約2乗に比例した明るさで原子を可視化することが可能だ。
光ファイバーはSiO2という軽元素で構成された物質から主にできており、その中にエルビウムという重元素が添加されている。今回の研究では原子番号が大きく異なることに着目し、Cs-corrected HAADF-STEM法を適用することにより、光ファイバー中のエルビウムのみを優先的に可視化することに成功した(画像2)。さらに、今回の結果から、光ファイバー中でエルビウム同士は互いに離れており、原子レベルで分散していることも明らかとなったのである。
また、原子に働く力を用いて原子構造を計算する「分子動力学計算」を用いてガラス中のエルビウムの原子構造モデルを構築し、得られた構造を用いてCs-corrected HAADF-STEMのイメージシミュレーション(物質内部における電子の伝播の仕方を計算し、イメージを計算する)が行われた。
その結果、ガラス中のエルビウムが可視化される結像原理が明らかとなり、エルビウムの見え方がさまざまな実験条件によって大きく変化することがわかった。また、系統的なシミュレーションと実験の結果を検討し、アモルファス構造の中に取り込まれた重原子を可視化するための最適条件を突き止めることに成功した形だ。
今回、光ファイバー中に存在するエルビウム単原子を直接観察することに成功したことから、高性能な光ファイバー材料の開発に大きく役立つと期待されるとしている。