東京大学は5月29日、マウスの体を傷つけることなく、白血球細胞の主要細胞である「好中球」を外部から高精度に観察するイメージング装置の開発に成功したことを発表した。

成果は、東大 大学院理学系研究科 物理学専攻の菊島健児特任研究員、同・喜多清特任研究員、同・樋口秀男教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、5月29日付けで英オンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載された。

医療分野で一般的に用いられている装置の多くが分解能が低いため個々の細胞を判別することが困難だ。この問題を打開することを目的に、研究チームは、2007年に分解能の高い光学顕微鏡と強い蛍光を発する量子ドットを利用した高速イメージング装置を開発し、切開されたマウスの腫瘍細胞や単一分子観察に成功したが、切開をすると出血や免疫細胞の活性化などが起こり、細胞本来の姿を観察することは困難だった。そこで、研究チームでは、手術を必要とすることなく細胞や分子を観察できる非侵襲型のイメージング装置システムの開発を目指しこれまで研究を進めてきた。

生体内では光が吸収されたり散乱したりするために像が暗く、またボケてしまう。そこで、まずは像を明るくするために、皮膚による吸収の少ない長波長の蛍光を発する量子ドットが使われた。さらに、蛍光材料を照らすレーザーパワーとレンズの集光度を上げ、顕微鏡の倍率を下げることで多くの光を集め明るくしたほか、ボケを抑えるために、生体の屈折率に近いシリコンオイルを用いることにした(画像1)。これらの技術を活用し、厚さの薄いマウスの耳(耳殻)を観察対象としたところ、これらの改良により、耳中の細胞や血管が鮮明に見えるようになったという。

画像1。非侵襲イメージング装置

次に、この非侵襲イメージング装置を用いて白血球の中でも運動能が高くかつ主要要素である好中球を観察するため、好中球だけに結合する抗体を量子ドットに結合させ、それをマウスの尾から静脈注射させるという方法が採られた。

すると、手術を必要とせず、実際にマウスの耳(耳殻)の血管の中を蛍光体の結合した好中球が高速に流れていく様子の観察に成功したという。耳に炎症が起こると好中球はまず血管の壁付近に結合し、さらには血管を抜け出して血管の裏側に密集するという動画が得られた形だ(画像2)。さらに次の日に観察すると、好中球は完全に血管から抜け出し、組織の中を激しく動き回っていることが確認された(画像3)。動きにより、好中球は1分間で自分の体長ほどの距離を移動することがわかったのである。

画像2。血管の周りと外側に結合した好中球

画像3。移動する好中球

そして好中球自身の動きだけでなく、好中球内部に多数入った「小胞」(細菌などを殺す殺菌液が入っている小さな袋)がさまざまな運動をすることが明らかとなった。ある小胞は高速に移動し、その移動速度は過去に報告がないほど高速だったことも判明。その高速移動している小胞はある時ほとんど止まってしまい、またしばらくすると移動を再開するといった不規則な運動であった(画像4)。

画像4。途中から動き出す小胞

今回、研究チームが開発した装置は0.013秒に1枚の画像を撮影できる高時間精度であると同時に、0.4μmの位置分解能と0.015μmの位置精度という高性能を実現したことが示された。以上のように、好中球は細胞の中を激しく動き回り、好中球内の小胞も高速で動くことによって、好中球はいち早く患部にたどり着こうとしていると考えられるという。

今回の非侵襲イメージング装置は生体に傷をつけることがないため、生体中における細胞の動きや機能を高精度高時間分解能で観察することが可能だ。従って、これまでよくわからなかった免疫細胞の生体内機能やがん細胞の様子を見ることもできるようになるという。これにより、薬を投与した際、細胞がどのように反応するかを知ることもできる可能性があり、今回の研究でも脱毛剤をマウスの耳に塗ると、好中球が動き出すのを観察することに成功しており、研究チームでは、薬物の反応を見るのに適した非侵襲イメージングシステムを実現できたとしている。