東京大学、東京農工大学(農工大)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、科学技術振興機構(JST)の4者は5月30日、変性してしまったタンパク質分子を修復する機能を持つタンパク質「シャペロニン」の内部運動を、1分子でリアルタイムに高精度計測することに成功したことを共同で発表した。

成果は、東大 大学院新領域創成科学研究科の佐々木裕次教授、JASRIの関口博史博士(当時:佐々木研究室特任助教)、農工大の養王田正文 教授らの研究チームによるもの。研究はJST戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「生命現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」の研究課題「高精度1分子内動画計測から見える生体分子構造認識プロセス」によって行われたもので、詳細な内容は、5月29日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

シャペロニンは構造の壊れたタンパク質と直接相互作用し、その折り畳みを促進させるタンパク質だ。複数のサブユニットから構成される8量体のリング構造が背中合わせに2つ重ね合わさった構造を取る。シャペロニンは、体内のエネルギーの通貨などと例えられる「ATP(アデノシン三リン酸)」と結合した後にリング内の一部が構造変化することで機能するが、その反応機構は真核生物の「細胞質」や古細菌に存在する「グループII型シャペロニン」においては明らかでなかった。

そこで研究チームは今回、佐々木教授が開発した「X線1分子追跡(Diffracted X-ray Tracking:DXT)」装置を高度化し、ATP依存的なシャペロニンの分子内運動を1分子で高精度(ピコメートルの精度)かつ実時間スケール(1画像30ms積算で2秒間連続測定)で観察することにしたのである。

なお、DXTは、数十nm程度のナノ結晶をタンパク質分子に標識し、タンパク質分子の内部運動に連動したナノ結晶の動きを、ナノ結晶からのX線による「回折ラウエ斑点」の動きとして高速時分割追跡する手法だ。これまでは静止画として何枚も撮影して一連の運動を予測していたが、今回の改良によって実時間で見られるようになり、分子内部運動にどのような協同性があるかを定量的に議論できることが明確となった。

観察の結果、シャペロニン分子は、ATP結合後2秒以内にリング内の各サブユニットで独立した構造変化があり、その後、リング全体で同期したドミノ倒しに似たねじれ運動を伴って閉状態へ移行することがわかったというわけだ。

シャペロニンリング内およびリング間の協同性を論じる上で、1分子内部の運動を明確化することは極めて重要で、生物系で一番重要といわれる「アロステリック効果」が、究極的な精度で定量的に初めて議論できることになり、その考案者であるジャン・ピエール・シャンジュー教授(仏国パスツール研究所)も非常に注目しているという。研究チームでは現在すでに、上下ドメインの協同性の詳細解析や、ほかの巨大複合体タンパク質分子や、注目される多くのチャネル分子への適用を進めているところだ。

そのアロステリック効果とは、タンパク質分子とそのリガンド(特定の受容体に特異的に結合する物質)である化合物が1対多の複合体を形成する際に、前の段階の複合体形成によって次以降の複合体形成反応が促進・抑制されるドミノ倒しに似た現象のことである。

1分子上のねじれ運動を高精度に高速に観察できる改良されたDXTは、現状では、ナノ秒レベルまで高速化が進んでおり、あらゆるタンパク質分子の分子内運動を細胞上で計測できることがわかってきたという。DXTは学術的にも技術的にも非常に期待が膨らんでいる数少ない日本発のオリジナル計測技術というわけである。

シャペロニンの構造変化モデル。JSTのWebサイト上では、構造変化のCGアニメーション動画を見ることが可能だ