産業技術総合研究所(産総研)は5月24日、農業・食品産業技術総合研究機構(NARO)との共同研究により、植物の表面を覆う「クチクラワックス」形成のカギとなる制御遺伝子を発見したと発表した。
成果は、産総研 生物プロセス研究部門 植物機能制御研究グループの大島良美産総研特別研究員、同・光田展隆主任研究員、NARO 花き研究所の研究者らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間5月24日付けで米国科学誌「The Plant Cell」オンライン版に掲載された。
植物の表面を覆い、風雨、乾燥、紫外線、病原菌などの外部環境から守っているクチクラは、植物の表面に光沢を与えている脂質ポリマーだ。「植物性ワックス」と脂肪酸を主成分としたバイオポリマーの「クチン」の混合物で、最表面に作られ、フィルム状の構造を持つ。クチクラは赤道直下や乾燥地・乾期の植物で厚く発達することから乾燥や光からの防御に重要な役割を果たすが、成分の複雑さから育種形質の対象にはなってこなかった。
しかし近年の分子生物学の発展により、クチクラ形成のカギとなる制御遺伝子を同定できれば、病害抵抗性や環境ストレス耐性を持つ植物の開発、有用ワックスの生産、質感の向上した花きの開発など応用利用の可能性が出てくるものと期待されるようになってきた。
またクチクラは外部環境から植物を守るだけでなく、植物が新しい葉や花を伸ばす際に組織間の潤滑剤として働いて組織の癒着を防ぐ役割も持つ。そのため、組織や細胞の伸長、外部環境の変化に合わせて分泌されることが植物の生育に必須だ(画像1)。
今回、モデル植物であるシロイヌナズナから、クチクラの形成を促す転写制御因子「MYB106」および「MYB16」が発見された。花のモデル植物「キンギョソウ」の花びらの細胞を立体的にして色を濃く見せるタンパク質として発見されたのが「MIXTA」だが、MYB106とMYB16はシロイヌナズナにおけるその近縁タンパク質だ。なお転写制御因子とは、ほかの遺伝子の働きをコントロールする管理者的なタンパク質のことで、活発化させる「活性化因子」と不活発化させる「抑制因子」がある。
これらMYB106、MYB16を遺伝子組換え技術によりシロイヌナズナで過剰に作らせると葉のクチクラワックスが増え、逆に機能を阻害したところクチクラワックスが著しく減少し、育つにつれて組織同士がくっついてしまった。なおMYB106については、トレニアで過剰に作らせても同様の結果となった。さらに、MYB106、MYB16を阻害したり過剰に作らせたりすると、表皮細胞の形態形成も不完全になることも判明。このことから、植物表面の細胞の形づくりと表面のクチクラ形成が連動して制御されていることが示されたのである。
また2つの転写制御因子の内、MYB106はシロイヌナズナのクチクラワックスやクチンの分泌を増やす、既知のもう1つの転写制御因子「WIN1/SHN1」の合成を活性化し、これらが協調してクチクラの形成を促進していることもわかった(画像2)。
研究チームは今後、MYB106、MYB16、WIN1/SHN1の働きを部分的に増強したり、阻害したりすることで植物の環境ストレス耐性、表面形状などを改変する技術の開発を行い、実際の作物育種に応用していく予定だ。また、ワックスやクチン合成のための脂質代謝経路に広く作用するこれらの3因子を操作することで、植物性ワックスや有用脂質の人工大量生産系の開発につなげていきたいとしている。