理化学研究所(理研)は5月22日、北海道大学(北大)との共同研究により、大腸菌が通常持っているタンパク質合成過程において、タンパク質合成終了の目印となる「終止コドン」を除いた環状のメッセンジャーRNA(mRNA)を鋳型に用いて、エンドレスにタンパク質合成反応を起こすことに成功したと発表した。

成果は、理研 伊藤ナノ医工学研究室の阿部洋専任研究員、同・阿部奈保子技術員、同・伊藤嘉浩主任研究員、佐同・甲細胞情報研究室の廣島通夫研究員(理研生命システム研究センター 上級研究員)、同・佐甲靖志主任研究員、北大薬学部の丸山豪斗大学院生(ジュニアリサーチアソシエイト)、同・松田彰教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、独国化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」に近日中に掲載される予定だ。

生物の体を構成しているタンパク質は、DNAの一部がmRNAに変換され、さらにそのmRNAの一部の配列がアミノ酸に変換され、複数のアミノ酸が連なることで1つが完成する。厳密には、「リボソーム」と呼ばれる複合体が働き、「コドン」と呼ばれるmRNAの連続した3つの塩基を1つのアミノ酸に置き換える。コドンは、合成を開始するものを「開始コドン(AUG)」(A:アデニン、U:ウラシル、G:グアニン)、終了するものを終止コドン(UAG、UGA、UAA)と呼ぶ。

近年の技術の進展により、細胞外でも「PCR(Polymerase Chain Reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)技術」を用いれば、DNAを簡単に合成することが可能となったが、タンパク質の人工合成はまだ技術的に制限がある。そのため、どんなタンパク質でも簡便にかつ多量に合成できる手法の開発が望まれているところだ。

細胞核を持たない原始的な原核生物でのタンパク質合成過程の研究過程から発展してきたタンパク質の人工合成手法の1つに、合成に関わるさまざまな酵素などの因子を入れて効率的に行う「無細胞系」というものがある。原核生物の1つである大腸菌が持つタンパク質合成過程の場合は、直鎖状のmRNAを鋳型として合成が行われる形だ。大まかに(1)開始、(2)伸長、(3)終止の過程がある(画像1)。

具体的には、まずリボソームが直鎖状のmRNAの先頭に存在する「シャイン・配列(SD配列)」(プリン塩基(アデニン・グアニン)に富んだ3~9塩基程の配列)に結合して複合体を形成し、開始コドンからタンパク質合成をスタート。その後、アミノ酸が連なってできるタンパク質の伸長反応が起こり、リボソームが終止コドンに到達し、mRNAから解離する。タンパク質合成では、この一連の過程が繰り返される仕組みだ。

タンパク質を多量に生産するためには、リボソームがmRNA上で端から端まで結合と解離を繰り返す必要があるが、反応過程において、この解離から次の結合までが最も遅い過程(律速段階)で、ここがボトルネックとなっている。よって、もしこの過程をスキップできれば、タンパク質合成の効率が飛躍的に増大するという計算である。

画像1。直鎖状のmRNAにおける始まりと終わりがある通常のタンパク質合成反応

そこで研究チームは、大腸菌の直鎖状mRNA鋳型上から終止コドンを除き、開始コドンを残した「環状mRNA」を考案(画像2)。この環状mRNAを用いた場合、リボソームが1度環状mRNAに結合してタンパク質合成を開始すると、終止コドンがないので原理的にはエンドレスに続ける「ローリングサークル(回転式)タンパク質合成」となる。また、直鎖状mRNAを鋳型としたタンパク質合成と比較して、リボソームが解離して結合するまでの律速段階がないので、効率よくタンパク質合成ができるというわけだ。

次に、大腸菌の中からタンパク質合成過程を取り出した無細胞系タンパク質合成システムを使って、以下のような手法で実際に環状mRNAや直鎖状mRNAのタンパク質合成の効率に関する評価が行われた。まずmRNAの先頭に開始コドンを有していて8つのアミノ酸(Asp(アスパラギン酸)-Tyr(チロシン)-Lys(リシン)-Asp-Asp-Asp-Asp-Lys)から構成されるペプチド「FLAGタンパク質」を繰り返しコードし、終止コドンが存在しないmRNA配列が設計された(画像3)。そして次に、FLAGタンパク質の繰り返し数を変えることで、塩基配列の長さが84塩基、126塩基、168塩基、252塩基の、それぞれ直鎖状と環状のmRNAが作製された(画像4・5)。

画像2。終わりのないローリングサークル(回転式)タンパク質合成反応

画像3。直鎖状mRNAの配列と環状mRNA。126塩基と252塩基長の環状RNAの合成

合成した環状mRNA(画像4(左))と、リボソームと126塩基のmRNA複合体のモデル(画像5)

これらを用いてタンパク質合成反応を行い、「ポリアクリルアミドゲル電気泳動」(アクリルアミドの重合体であるポリアクリルアミドを用いてタンパク質や核酸を分離する手法)で解析した結果が画像6である。直鎖状mRNAでは、それぞれの長さに応じて少量のペプチド断片が観察された。それに対し、環状mRNAを用いた場合、84塩基では環のサイズが小さすぎて長鎖のペプチドは観測されなかった。一方、126塩基、168塩基では長鎖でかつ大量のペプチドが観測され、FLAGタンパク質が連続的に合成され連なっていることが推測できるという。ただ、252塩基では若干ペプチドの量が減少した。これはmRNAの高次構造による影響であると示唆された。

続いて、終止コドンありと終止コドンなしの126塩基の環状mRNAを用いてタンパク質合成反応を解析した結果が画像7だ。その結果、終止コドンありの環状mRNAは短いペプチド断片を産出するのに対して、終止コドンがない環状mRNAは長鎖のタンパク質を大量に産出したのである。

画像6(左):直鎖状mRNAと環状mRNAを用いた大腸菌の無細胞系タンパク質合成過程を用いたタンパク質合成。反応液をポリアクリルアミドゲル電気泳動で分子量解析した。画像7:126塩基の環状RNAにおける終止コドンあり(Lane1)、なし(Lane2)のタンパク質合成反応における影響

mRNA配列から終止コドンを除き、3の倍数の塩基数を有する環状mRNAを作ると、高効率で長鎖のタンパク質を合成できることが明らかになった。今回の手法を用いれば、特定のタンパク質を大量調製することが期待できる。つまり、長鎖のタンパク質であるコラーゲンや、シルク、クモの糸などの人工合成に応用できる可能性があるというわけだ。また、リピートタンパク質を作って切断することで単量体タンパク質を効率よく作ることができるようにもなるという。今後、さまざまなタンパク質材料合成への応用が期待できるとしている。