海洋研究開発機構(JAMSTEC)は5月23日、ハワイ大学との共同研究により、60年分の観測データを解析し、赤道域の成層圏(高度約18~50kmの領域)に存在する「赤道準2年振動(Quasi-Biennial Oscillation:QBO)」の強さが、過去数10年にわたって弱まっていることを発見し、最新の気候モデルデータを用いた考察から、QBOが弱まる原因は高度19km付近の赤道上昇流が強まるためであることも示したと発表した。
成果は、JAMSTEC 地球環境変動領域の河谷芳雄主任研究員、ハワイ大 国際太平洋研究センターのKevin Hamilton教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間5月23日付けで英国科学雑誌「Nature」に掲載される予定だ。
現在、世界中の主要な気候モデルのほぼすべてが、地球全体の気候変動に伴って「ブリューワー・ドブソン(BD)循環」が強まることを予測している。BD循環とは、成層圏における赤道から南北に広がる地球規模の大気の流れだ。気候変動に大きな影響を与えるとされる大気中のオゾン、水蒸気、メタンなどの化学物質は、この循環に沿って全球的に運ばれるため、極めて重要である。
度約50kmまでの南北・高さ方向の大規模循環場を表したのが、画像1だ。緑色領域はヒトが住み、日々の天気の変化が起きている対流圏(赤道域で地表~約18km)である。その上に位置する、青色領域は成層圏(赤道域で約18km~50km)だ。矢印で示されているように、赤道域で上昇し、そこから南北両半球に広がり、北緯・南緯60度付近の高緯度では下降流になっている。赤点線はQBOが存在する領域だ。
地球温暖化(気候変動)はすでに始まっており、実際にBD循環が強まっているかどうかを各種観測データ解析から検証する試みが行われてきた。しかし、BD循環に伴う赤道域上昇流は0.3mm sの-1乗程度と非常に弱く、現在の観測技術ではその直接観測は不可能だ。従って、BD循環が強まっていることを明示する実証的な観測データはなく、気候モデルの予測が正しいかどうかは確認されていないのが現状である。
またQBDは、赤道域の西風と東風が約28カ月の周期で交互に吹いている現象だ。2年に近いことから、赤道準2年振動と呼ばれている。画像2は赤道域成層圏(高度25km)の東西方向の流れ(東西風)を示したもので、赤→が西風、青←が東風だ。左から順に2009年1月(西風)、2010年4月(東風)、2011年5月(西風)である。
そして画像3の上のグラフは、QBOの時間変化を高度別(18、25、32km)に示したものだ。右へ行くほど時間が進み、矢印が大きいほど風が強いことを示している。西風と東風は、時間の経過と共に高い場所から低い場所へ移動し、高度18km付近で消滅する形だ。下の曲線グラフは高度25kmの東西風の時間変化。グラフの上側が西風、下側が東風だ。"QBOの強さ"とは、この波の高さ(振幅)である。
BD循環とQBOに伴う赤道域上昇流は、密接に関連し合っていることが確認済みだ。画像4に示されているように、BD循環に伴う赤道域上昇流は、QBOの西風・東風が上から下に下りようとするのを妨げる働きをする。近年の河谷主任研究員らの数値実験から、地球温暖化に伴って赤道域上昇流が強まると、QBOが下まで十分に下りることができなくなり、高度19km付近のQBOは弱くなることが解明された。
画像4の上は、現在気候と温暖化気候におけるQBOの時間-高度断面図だ。赤が西風、青が東風を表し、右へ行くほど時間が進む。西風・東風が時間と共に高い場所から低い場所へ下りる様子を示す(画像2の赤色・青色の矢印の変化と同じ)。下は、QBOと赤道域上昇流の模式図。こうして東西風の観測データを用いてQBOを解析することで、赤道域上昇流の変化を考察することを可能としたのである。
今回の研究では1953年から2012年までの60年分の東西風観測データを解析し、QBOの強さの変化が調べられた。画像5aに、観測データから計算された高度19km付近におけるQBOの強さの時間変化を示す。値が大きいほど、QBOの強さ、すなわち西風・東風が大きいこと(画像2・3)を意味する。この図から60年間でQBOの強さは約35%減少していることが見出された。さらに同じ解析手法を用いて、IPCCの第5次評価報告書に使用される最新の気候モデルデータについて、地球温暖化に伴うQBOと赤道域上昇流の変化の解析も実施された。
QBOを再現することに成功しているドイツ、イギリス、日本の気候モデルすべてで、20世紀から21世紀にかけて、QBOが弱まり、赤道上昇流が強まっていることが確認されたのである(画像5・c~h)。なお温暖化を伴わない気候モデル実験では、このような変化は見られていない。
画像5は、高度約19kmにおける(左)QBOと(右)赤道域上昇流の変化。(a、b)が観測データ、(c、d)がドイツ、(e、f)がイギリス、(g、h)が日本の気候モデルによる計算結果。縦軸の値が大きいほど、QBOに伴う西風・東風の風速(左)、赤道上昇流(右)が大きいことを意味する。20世紀から21世紀にかけてQBOは弱まり、赤道域上昇流が強まる様子を見ることが可能だ。
今回の研究は、観測データを用いて地球温暖化のシグナルがQBOという現象に現れていることを示すと共に、今まで気候モデルで予測されていたBD循環の強化が、観測データから初めて立証された成果だ。
また今回の成果が、地球温暖化のシグナルと現象を実証的に明示したことによって、例えば世界的に注目されているオゾンホールについて、オゾンは主に赤道域成層圏で多く生成され、BD循環の流れに沿って南北両半球へ運ばれているので、BD循環の強化は、より多くのオゾンが赤道域から中高緯度(北緯30度以北、南緯30度以南)へ運ばれることになり、オゾンホールが回復する方向に働きかける可能性を論理的に示しているという。
さらに今回の成果は、地球温暖化の科学的知見を取りまとめているIPCCの活動に貢献すると共に、将来に向けての気候変動、特に、大気環境の変動予測精度の向上を促し、適正かつ安定した社会生活、産業経済の進展に寄与することが期待されるとしている。