東京大学医学部附属病院(東大病院)と島津製作所は5月16日、冠動脈カテーテル治療後の再狭窄の診断において、「質量分析計」を用いて心臓カテーテル検査を受ける必要があるかどうかを簡単に検出することができる新しい血液検査法を開発し、今後、東大病院にて同診断法の実用化を目指すと共同で発表した。
成果は、東大病院 循環器内科・ユビキタス予防医学講座の鈴木亨特任准教授、東大大学院 医学系研究科 循環器内科学教室の永井良三前教授、同・小室一成教授、島津製作所 基盤技術研究所 ライフサイエンス研究所の藤本宏隆主任研究員らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間5月13日付けで「Clinical Chemistry」電子版に掲載された。
「冠動脈」とは、心臓の周囲を冠のように取り囲んでいる血管(動脈)であり、心筋細胞に酸素を供給している。動脈硬化などにより冠動脈が狭くなる「冠動脈狭窄」が起きると、心筋が虚血するための胸痛・胸部圧迫感などの主症状が伴う「狭心症」の原因となる(著しい狭窄や完全に冠動脈が閉塞すると心筋が壊死して、「心筋梗塞」となってしまう)。
狭心症の治療には、金属でできた網状の筒で、狭くなった冠動脈を「カテーテル」と呼ばれるストロー状の細い管で広げる治療を行う際に使用する「ステント」や、同じく狭くなった冠動脈を広げるのに使用する「バルーン」を用いた「心臓カテーテル治療」が行われる。
しかし、治療後約半年が経過した時点で1~3割程度、治療部位が再度狭窄を生じる「再狭窄」が問題となっているところだ。そのため、日本ではカテーテル治療後約半年経過時に、通常、再狭窄が生じていないかどうかを確認するために「心臓カテーテル検査」が行われている。同検査は、カテーテルを手首または鼠蹊部(太腿の付け根)の動脈から心臓の血管(冠動脈)や心臓の中まで挿入し、造影剤を注入して冠動脈の状態を見たり、心室内の圧を測定しり、心臓の動きを観察したりする検査である。
この検査は狭窄を生じている患者にとっては必要な検査だが、造影剤を使用したり、太い注射針を血管に刺したりするため身体への負担が大きく、放射線被曝の問題もある上に、費用も高額ということから、あらかじめカテーテル検査を受ける必要があるかどうかを簡単にスクリーニングすることが可能な血液検査が求められていた。
鈴木特任准教授と藤本主任研究員は2006年より、「質量分析計」(極めて少量の試料をイオン化し、分離・検出・測定・データ解析を行い、その化合物の質量に関連する情報を得る計測機器)を用いて、上記を診断することが可能なバイオマーカーの新規診断法開発の共同研究を行っている。
こうした体外診断薬の市場は、世界規模の場合は2012年に524億米ドル規模に達し、今後も年平均成長率7%が見込まれており、また日本では2011年の市場規模が7711億円規模とされており、非常に大きい。
すでに一般臨床現場で心不全の「バイオマーカー」(血液や尿などに含まれるタンパク質などの物質で、疾病の存在や進行度を把握するための指標となるもの)として利用されている「B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)」が、同じ心臓の病とはいえ冠動脈狭窄の診断にも応用可能かどうかは、これまで明らかではなかった。
BNPは心臓から分泌されるホルモンの1種で、32個のアミノ酸がつながってできたペプチドだ。心不全のように心臓に負担がかかった状態になると心臓(主に心室)から血液中に分泌される。実際の血液中では、32個のアミノ酸がつながった形態以外の形状で存在しているらしいことが近年になって世界中で報告されてるようになってきた。
そこで研究チームはまず、「マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization:MALDI)」と、「飛行時間型質量分析法(Time of Flight Mass Spectrometry:TOF-MS)」を組み合わせた「MALDI-TOF型質量分析計」を用いて、患者の血中におけるBNPの形状調査を実施。
すると、実際に4種類の形状が存在していることがわかった。これらは本来のBNPが持つアミノ酸32個からなる「成熟体」以外にも、未成熟体や、一部が切断されたようなプロセシング体、さらには翻訳後修飾された形態(翻訳後修飾体)が存在すると考えられる。成熟体以外としては、端から2つのアミノ酸がとれた断片、3つのアミノ酸がとれた断片、さらに4つのアミノ酸がとれた断片があった。これら、さまざまな形状のBNPは同じ抗体によって捕まえられる。また、現在広く用いられている免疫化学的な手法ではこれらを区別して検出することは不可能だ(画像1)。
続いて、これらの4種類のBNPを、冠動脈の再狭窄を生じた患者の血液と生じなかった患者の血液で詳細に分析。すると、この病状とBNP断片(具体的には端から4つのアミノ酸がとれた断片と2つのアミノ酸がとれた断片との比)との間に相関のあることが判明した。特に、その比を1.52に設定するとそれより大きい値を示した患者ではすべて再狭窄が生じておらず、このことから除外診断の可能性が示唆された(画像2)。
臨床検体の分析数を増やしてさらに検討したところ、適切な「カットオフ値」(疾患の有無を決定するために設定する値のことで、これを境に治療方針を変えたりする)を設定することで、再狭窄の除外診断(再狭窄が生じていないことの診断)が可能であることがわかり、このBNP断片が冠動脈カテーテル治療後の再狭窄のバイオマーカーとなり得ることが明らかになったのである。
また、これまでのさまざまな研究から狭窄を生じさせるリスクとなる因子として、性差、喫煙、糖尿病、肥満などの病歴が報告されているが、今回、統計解析が行われたところ、再狭窄が生じるかどうかの因子は、狭窄治療に使用したステントの種類と、今回判明したBNP断片の2つだけであることが判明した。現在、診断だけではなく将来の予測診断も可能であるかどうかについて追跡調査を進めているところであり、この成果を社会に還元するべく実用化を目指しているとしている。
これにより、冠動脈カテーテル治療後の再狭窄の診断において、心臓カテーテル検査を受ける必要があるかどうかを簡単に検出することができるようになり、身体への負担を軽減できる新しい検査方法となることが期待されると、研究チームは語っている。