産業技術総合研究所(産総研)は5月15日、宮本工業との共同研究により、マグネシウム合金の「低温鍛造」技術を開発したと発表した。
成果は、産総研 サステナブルマテリアル研究部門の斎藤尚文上級主任研究員、同・金属系構造材料設計研究グループの岩崎源客員研究員、同・千野靖正研究グループ長、宮本工業のスタッフらの共同研究チームによるもの。今回の鍛造方法の基盤となる研究結果は、6月7~9日に愛知県名古屋市で開催される平成25年度塑性加工春季講演会で発表される予定だ。
鍛造とは、金属をハンマーなどで叩いて圧力を加えることで、金属内部の空隙をつぶし、結晶を微細化し、結晶の方向を整えて強度を高めると共に目的の形状に成形する、金属の塑性加工法の1種だ。それに対し、金属を高温で溶かした後に型に流し込んで目的の形状に固める方式が「鋳造」と呼ばれる。鍛造は鋳造に比べ、強度に優れた部材を作ることが可能だ。
そして今回の研究の主役であるマグネシウム合金は、構造用の金属材料の中で最も軽量であり、リサイクル性もあることから、輸送機器をはじめとするさまざまな産業への応用が期待されている。
しかしメリットがあるのはわかっているものの、現状ではアルミニウム合金に比べるとマグネシウム合金はその普及が実のところあまり進んでいない。その理由としては、マグネシウム合金に固有の発火性、耐食性や塑性加工性の不足などの問題もあるが、最大の原因は材料コストと加工・製造コストが高いということだ。一般的にマグネシウム合金の鍛造は、鋳造-押出し-鍛造というプロセスを経るため、各工程でのコストが積み上がって高コストとなってしまうのである。
また、これまで実用化されたマグネシウム合金部材の加工法にも問題点がないわけではない。そのほとんどが鋳造によって成形されているのだが、寸法精度、部材強度、生産性、生産環境などの点で難点があるのだ。よって、これらの点で優れている塑性加工技術の開発に期待が寄せられており、塑性加工技術の中でも、高品質の部材が高い生産性で製造できることから、鍛造技術の確立が産業界から求められているところである。しかし、マグネシウム合金は塑性加工が困難な上に、高温鍛造に適さないなどの既成概念が根強いこともあって開発研究が遅れており、成功事例の報告も少なかったというわけだ。
そこで産総研は平成18年から22年にかけて、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「マグネシウム鍛造部材技術開発プロジェクト」において、素形材センターと共同で研究を進めてきた。そこで、マグネシウム合金連続鋳造材の新たな鍛造技術の開発を行ってきたのである。なお連続鋳造とは、溶解した金属を連続的に鋳型に注ぎ続け、鋳型内で急速冷却する鋳造方法のことで、従来の方法に比べて工程が少ないので歩留まりと生産性が向上し、コストも低下するというメリットがある。
その結果、鍛造加工中に起こる「動的再結晶」という微細組織の変化を積極的に利用することにより、鍛造素材の「結晶粒」(金属を構成する多数の微小な結晶の1つ)を10μm以下に微細化することができ、その結果、300℃で断面減少率81%の前後方管押出し鍛造が可能になることが確認された。この新規鍛造技術は、素材の結晶粒を微細化する工程と、それに引き続いて形状を造る成形工程を一連の1工程として扱うところに特徴がある。今回はこのプロセスを実製品に適用し、温度200℃以下での鍛造を可能にすることを目的とし、宮本工業と共同研究開発が行われた次第だ。
なお、変形により欠陥を導入された材料を加熱した場合に、欠陥を含まずに熱力学的に安定な結晶粒が新たに形成し、変形を受けて欠陥密度の高い周囲の領域を「蚕食」しながら成長することによって、ひずみエネルギーを解消する現象を「再結晶」という。動的再結晶とは、材料が加熱状態で変形を受けている最中に生じる再結晶のことである。
「マグネシウム鍛造部材技術開発プロジェクト」では1つの金型を使用して1工程で試作鍛造するという形だったため、成形工程の温度だけを低くすることはできなかったという。そこで今回は、結晶粒の微細化工程と成形工程を分け、2段階での鍛造が行われた。
いずれの工程においても鍛造に使用されたのが、「サーボプレス」だ。サーボプレスは、サーボモータに直結した「スライド」(プレス機械における主要構成部品の1つで、金型を取り付けて往復運動をする部分)により加工するプレスである。任意の位置でスライドの速度を任意に設定できたり、加工中にスライドを上下運動・振動・一時停止できたりするなど、スライドの動きを自由に制御できる特徴を持つため、材料組成、加工温度、ひずみ速度に影響を受けるマグネシウム合金の動的再結晶による結晶粒微細化を制御するためには有用だ。
今回、鍛造に使用したマグネシウム合金は、市販の「AZ31(Mg-3%Al-1%Zn)マグネシウム合金連続鋳造材(直径155mm)」と「AZ61(Mg-6%Al-1%Zn)マグネシウム合金連続鋳造材(直径55mm)」の2種類である。いずれも410℃で24時間の「均質化処理」(合金元素が材料中に均質に分布するよう、金属材料をある温度に加熱して一定時間保持する処理)が施されている。
これらの素材を所定の直径と高さに加工して「鍛造用ブランク材」とし、試作鍛造品としては、角ピンの「ヒートシンク」を選択。角ピンヒートシンクの基本構造は30mm角×厚さ3.5mm、角ピン部は2mm角×高さ8mmで本数は49本である。
微細組織を制御するための結晶粒微細化工程では、平均結晶粒径が100μm以上のブランク材を、温度300℃で所定の「圧下率」(加工前の素材の高さもしくは厚さが、加工後にどれぐらい減少したかを表した割合)まで据え込んだ。動的再結晶の進行とブランク材の工程初期の割れを防止する観点から、据え込みは平均速度5~10mm/sの比較的低速で行った。
画像1~4が、据え込み圧縮後のブランク材の微細組織だ。AZ31マグネシウム合金連続鍛造材では一部に結晶粒径が10~20μm程度の領域があるものの、それ以外では動的再結晶によって結晶粒径5μm以下まで微細化している。一方、AZ61マグネシウム合金連続鍛造材でも動的再結晶が生じているものの、平均結晶粒径は10μm程度とAZ31マグネシウム合金連続鍛造材に比べて少し大きかった。
画像5は、結晶粒微細化処理を施したAZ31マグネシウム合金の連続鋳造材を素材として、今回開発された鍛造方法によって作製されたヒートシンクの外観写真だ。鍛造は、結晶粒微細化処理後の材料をブランク材とし、鍛造温度100℃、150℃、200℃で行った。平均の「押出し比」は4.6、平均「押出しひずみ」は1.5、「断面減少率」は0.78である。
なお押出し比とは、押出し前の素材の断面積と、押出し後の製品の断面積の比のことをいう。押出しひずみとは、押出し時に素材が受けるひずみのことだ。そのひずみとは、材料が受ける変形の尺度となる値である。そして断面減少率とは、加工前の素材の断面積が、加工後にどれぐらい減少したかの割合を数値に表したものだ。
また材料の割れを防止するため、鍛造は平均速度5~10mm/sという比較的低速で行われた。いずれの鍛造温度でも割れはなく、49本のピンの高さがそろった健全なヒートシンクが鍛造加工に成功している。またAZ61マグネシウム合金の連続鋳造材を素材としても、今回の鍛造方法により同様のヒートシンクが作成された。
今回開発された低温鍛造方法により、高精度、低コスト、高生産性のマグネシウム合金鍛造部材の作製が期待されるという。また、鍛造温度が200℃以下であるため、水溶性潤滑剤も使用できるようになることもメリットであるとした。水溶性潤滑剤は、グラファイト系などの固体潤滑剤に比べて鍛造後の除去が容易であるため、マグネシウム合金鍛造部材の一層の低コスト化、生産性向上も期待されるとする。また産総研では今後、宮本工業と共同で、カルシウムを添加した難燃性マグネシウム合金やそのほかのマグネシウム合金に対しても鍛造温度低温化の可能性を検証するとしている。